働き方改革Wave2~脳科学による組織活性化

本稿では、働き方改革の課題に迫り、より効果的な取組みを実現するための方法として、脳科学の活用による組織活性化の施策を紹介します。

本稿では、働き方改革の課題に迫り、より効果的な取組みを実現するための方法として、脳科学の活用による組織活性化の施策を紹介します。

ハイライト

就業者1名当たりでみた2016年の日本の労働生産性は81,777ドル(約834万円/購買力平価換算)※1で、OECD加盟国35ヵ国中21位であり、米国(3位)の3分の2程度の水準と低迷しています。企業は労働生産性の向上へ向けた様々な働き方改革に取り組んでいるものの、改善に至っていないケースが散見されます。本稿では、働き方改革の課題に迫り、より効果的な取組みを実現するための方法として、脳科学の活用による組織活性化の施策を紹介します。

なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りしておきます。

 

※1公益財団法人日本労働生産性本部「労働生産性の国際比較 2017年版」

ポイント

  • 長時間労働の是正や有給休暇取得の促進といった労働時間管理だけでは、もはや大幅な労働生産性向上や収益改善に繋がらない。
  • 従業員満足度やストレスチェックなどのアンケート調査といった主観評価に加え、脳科学の知見と手法による科学的な実態把握が高い成果を創出するカギとなる。
  • 働き方改革は、職務や部署によって受けとめ方も意義も異なる。したがって、対象者毎に訴えるメッセージを変えるなど、社内の合意形成へ向けた丁寧なコミュニケーション施策が組織活性化に有効である。

I.働き方改革の背景と問題

今日、日本企業の労働生産性の低さが指摘されています。少子高齢化に伴う就業人口の減少や長時間労働に対する規制強化等の社会的・政治的な環境変化が進むなか、日本企業は今後さらに複雑化する競争環境へ対応していくために働き方や人材活用のあり方を抜本的に見直し、組織の生産性や創造性を高めていく必要に迫られています。

現在、長時間労働の是正や有給休暇の取得促進等の労働時間管理を主軸とした働き方改革に取組む企業が多い一方で、変化が激しく予測が困難な経営環境へ対応するための競争力強化等の取組みを実施している企業が多いとは言えない状況です。また、労働時間管理に取組む企業の約半数は「成果が出ていない(“実際に短縮された”もしくは“取得が増えた”)」※2と認識されています。生産性改善等の本質的な施策を行わず、労働時間削減といった表面的な施策だけでは抜本的な働き方改革とは言えません。収益改善や生産性向上に寄与する成果を創出するためには労働時間管理だけではなく、業務量削減、人事制度、意識改革や人材育成等の施策を組み合わせることが求められます。

 

※2厚生労働省「平成29年版労働経済の分析」

II.効果的な取組みへ向けた課題

1.科学的根拠に基づく実態把握の必要性

組織の生産性や創造性をより効率的に高めるためには、まず、組織や従業員の実態を正確に把握することで、実態にマッチした的確な施策を展開する必要があります。多くの企業は従業員の働き方の現状を把握するために「従業員満足度調査」や「ストレスチェックに関するアンケート調査」等を実施していますが、調査対象者の主観評価に基づいた従来の現状調査では、実態を正確に把握するには不十分です。それには、2つの理由が挙げられます。


(1)人の意思決定は脳内のバイアスや錯覚の影響を受けやすい

(人の意思決定の約97%は無意識に行われており、その意思決定の大半は、脳内に蓄えられている過去の経験や学習の記憶等の情報を活用している)


(2)調査対象者(従業員)が意図的な回答をする可能性がある

(設問の仕方や回答者が置かれている状況等により、仕事の機会が失われたり、周囲からの評価が下がることを恐れ、本心とは異なる回答をすること等が考えられる)


以下は、主観評価のみでは正確な実態把握が難しいことを示す事例です(図表1参照)。株式会社NeU※3があるIT企業の従業員に対して実施した調査では、POMS(Profile of Mood States)※4に基づく「業務に関するアンケート」において、「作業に集中できている」と回答した従業員のうち、アンケート結果と脳活性の相関は一定の割合で認められるものの、脳の疲労度が高かった従業員が全体の25%(図表1の右下のエリア)を占めており、企業はこれらの対象者に向けて誤った施策を施すリスクがあることを示しました。

 

※3株式会社NeUは、東北大学加齢医学研究所 川島研究室の「認知脳科学の知見」と日立ハイテクノロジーズの「脳計測技術および脳科学の知見」を軸にして、組織の活力改善プログラムやニューロマーケティング等脳のパフォーマンスの可視化を起点としたソリューション開発・サービス提供に取り組んでいる
※4POMSとはProfile of Mood Statesの略称であり、人間の気分状態(緊張、不安、抑うつ等)を評価する米国で開発された質問紙法の1つ

図表1 主観評価による抑うつ度と測定による抑うつ度

図表1 主観評価による抑うつ度と測定による抑うつ度

III.脳科学の役割と組織活性化のアプローチ

1.前頭前野の機能と測定方法

KPMGでは、株式会社NeUと協働し、従業員の職場における「脳のパフォーマンス(脳活性度)」の測定による科学的根拠に基づいた実態把握の取組みを展開しています。これは、脳の状態(前頭前野の活性度)をダイレクトに測定することにより、従業員本人が自覚していないストレスや抑うつといった心理状態を把握することを可能にします。前頭前野は論理的思考、計画、意思決定等の高次機能(人間らしさ)をつかさどる部位であるため、その活動の低下は集中力の欠如や計画的な職務遂行が困難となる等、従業員が職務遂行能力を十分に発揮できていない可能性を意味します。

前頭前野の活性度は、脳血流の増減を計測することで測定します。脳血流の測定は、軽量かつコンパクトなヘッドセットを装着し、従業員1名当たり5~10分程度で完了する測定環境を選ばない簡単な方法です。


2.KPMGのアプローチ

KPMGでは、組織全般で顕在化している問題・事象の把握・分析を行うための「ワークスタイル&組織活性度調査」や社員の潜在的な意識を含めた志向を把握するための「社員ペルソナ分析」を実施しており、より正確な実態把握ツールとして前述した「脳活性度測定」を加えることで、より精緻な実態把握を提供します。分析結果を部署単位で集計することで、部署別のストレス傾向が確認でき、またパフォーマンスレベル別に集計することでハイパフォーマーにおけるストレス傾向等を把握することも可能です。これにより、働き方改革の対象層と施策に向けた具体的且つ説得力のある方向性を明示することが可能となります(図表2、3、4参照)。

図表2 働き方改革のステップ

Step 1:働き方改革ロードマップの策定

  • 「働き方」に関する実態把握と課題整理
    • 多面的アプローチによる現状把握と仮説立案・検証
      • ワークスタイル&組織活性度調査および社員ペルソナ分析
      • 脳血流測定(脳活性度分析) ※図表1参照
  • 改革後のTo-Be像の確認
    • KPMGのフレームワーク(図表3参照) を活用したTo-Be像の取り纏め
  • 改革ロードマップの策定

Step 2:改革施策の立案・運用体制構築

  • 施策の具体化・優先度評価
    • 具体的なKPIの設定(脳活性度など)
    • 個別課題対応施策の策定(人事制度や組織風土改革等との組み合わせ)
  • 推進体制の構築
  • 改革の定着化支援
    • KPMGのBehavior Change Management(図表4参照)を活用したコミュニケーションプラン作成

Step 3:運用・改善

  • 改革施策の実施
  • モニタリング
    • インタビューや脳血流測定によるKPIの定期的測定
  • 施策の見直し・改善策立案

図表3 KPMGの働き方改革のフレームワーク

図表3 KPMGの働き方改革のフレームワーク

図表4 働き方改革に向けたKPMGの定着支援:コミュニケーション施策

図表4 働き方改革に向けたKPMGの定着支援:コミュニケーション施策

IV.施策展開時のコミュニケーション

ここまで働き方改革の適切な実態把握の施策とアプローチについて述べてきました。重要なことは、職務、部署、個人といったレベルや状況によって改革に対する異なる意義が存在するため、実態測定後の施策を適切な対象者に向けて展開することです。たとえば、経営層の働き方改革への期待は、会社の業績・行政からの指導要請対応・世間の会社への評判であり、管理職層では、部下の管理監督責任の推進・会社の管理者としての自分への評価であり、一般従業員は、働き甲斐/生き甲斐の創出・待遇向上・余暇確保といったものです。各対象者に向けて改革の必要性を丁寧に伝えないと施策に対してネガティブな受け止め方をされ、積極的に行動されず、施策が定着しないリスクが高まります。これから働き方改革の施策の展開は、現在の社内の問題とその施策について社内の合意形成・共通認識が重要になると考えられます(図表5参照)。

図表5 働き方改革の組織内コミュニケーション施策

図表5 働き方改革の組織内コミュニケーション施策

V.おわりに

いま日本企業は、本質的な働き方改革を通じて、トップタレント層を引き寄せる魅力ある仕事を創出することに加え、一般社員の働く意欲向上に働きかける施策が求められています。本稿で紹介した「脳活性度測定」を組み合わせた組織の実態測定結果を基に、正しい施策を適切な対象者に向けて展開するには、従業員が納得できる組織内コミュニケーション施策が必要不可欠です。加えて変化を嫌う保守的な日本企業では、社内の戸惑い・混乱・抵抗が生じる可能性も考えられます。KPMGはこれまでマネジメント変革を多数支援した経験から、働き方改革に向けた効果的なコミュニケーション施策のためのノウハウを豊富に有しています。そのため、全社的な合意形成とスピーディな推進が可能と言えます。本稿が今後の環境変化に対応した企業変革の一助となれば幸いです。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
People & Change
パートナー 大池 一弥
ディレクター 油布 顕史
コンサルタント 橋爪 謙

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