Close-up 2:「デジタル革命」時代の事業戦略とその実行力

「デジタル革命」時代の事業戦略とその実行力

デジタル化の時代に自ら変革を起こし、成長を目指すには、これまでの成功モデルから脱却し、メガトレンドから起こり得る未来に備えて必要な対策を講じることが必要不可欠である。「デジタル革命」に能動的に関与し、イノベーションを起こすために、日本企業は何をすべきか。

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あらゆるものがインターネットでつながるIoT (Internet of Things)や、人工知能(AI)技術の実用化により、100年に1度と言われる「デジタル革命」が始まろうとしている。ビジネスのあり方を根本から変えてしまうデジタル化の大波に、企業は如何に立ち向かうべきか。変化の時代に付加価値を創造する事業戦略と、その実現のためのM&Aの活用について解説する。

デジタル化の進展は確実にビジネスを大きく変える

インターネットやクラウド技術の発達と低コスト化、スマートフォンに代表される携帯機器の普及、コンピュータの処理能力の向上や記憶容量の拡大、無線通信の帯域拡大といった情報通信技術(ICT)の発達により、あらゆるものがデジタルネットワークに接続され、従来の情報伝達や商習慣などのあり方を大きく変えようとしている。
特に、あらゆる「モノ」をインターネットで結び、AIで「モノ」を制御する「デジタル革命」は一つの生態系として機能し始め、これまでの業界構造を大きく変えようとしている。自動車業界では、IoTとAIにより構成される自動運転時代を見据えて、既に「デジタル革命」が進行している。自動車業界に限らず、デジタル化の進展に伴う環境変化への対応は、あらゆる業種の会社にとってトップマネジメントの関心領域となっている。

自動車業界における新時代を見据えたビジネスモデル転換の動き

2018年1月のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)でトヨタ自動車が発表した「e-Palette」が世界的に話題になったことは記憶に新しい。自動車メーカー各社は来たる自動運転時代を見据え、これまでの自動車生産・販売というビジネスモデルから、自らがモビリティ基盤を運営するプラットフォームサービス(モビリティサービス)を提供するビジネスモデルへの転換を進めている。
また、2018年のCESでは、米国のフォードが都市内のあらゆる交通情報をインターネットで結び、最適な交通経路を提案する「Transit Mobility Cloud」を発表している。直近で同社は、米国におけるセダン販売を廃止して、モビリティサービスに注力すると表明しているほか、ドイツのフォルクスワーゲングループやダイムラーも自動運転時代を見据え、自らモビリティサービスを提供するコンセプトを打ち出している。
これら3社を中心とする欧米の主要プレイヤーは、コンセプトの実現に向けてベンチャー投資やM&Aの専担部署を立ち上げ、ICTプレイヤー等との提携や買収を積極的に進めている。
一方で、フォルクスワーゲンなどは、人口動態やエネルギー・資源情勢などの社会環境、ICTなどの技術動向、経済動向や規制動向といった多角的な観点から20年先に起こり得る未来の青写真(シナリオ)を描き出し、そのシナリオをもとに必要となる要素技術を自社で開発、もしくは提携・買収により獲得するという意思決定を行っている。
このようにIoTとAIで構成される自動運転時代を見据えて、自動車業界ではビジネスモデルの大転換が始まっている。こうした動きは今後、金融や運輸サービス、小売といったあらゆる産業において起こると考えられる。
こうした中で、「デジタル革命」に立ち向かうという受動的な立ち位置ではなく、起こす側になる、といった能動的な視点も重要となる。そのためには、次に示す2つの取り組みが必要となる。

シナリオプランニングによる事業戦略の再定義

「デジタル革命」に能動的に関与するためには、IoTとAIを中心としたデジタル技術によって起こり得る未来の青写真を描き出し、生じうるイベントに対処するための準備策を講じる「シナリオプランニング」の手法が有効である。シナリオプランニングはもともと米軍の戦略立案の手法として開発されたものだが、その後、石油メジャーのシェルが活用し、オイルショックを乗り切ったことでその存在が有名になった。現在では、前述のフォルクスワーゲンの他、自動車部品業界でメガサプライヤーと呼ばれるボッシュ、コンチネンタル、またGEやシーメンスといった、時流を適確に読み、事業領域を再定義してきた世界的企業の間で用いられている。
シナリオプランニングにおいて特にポイントとなるのは、事業環境を構成している事象(人口動態の変化や都市化の進展、環境・規制の厳格化、ICTの進展、新興国の経済成長などのメガトレンド)とそれらの因果関係を把握し、その事象の構造的なパターンを認識した上で、起こり得る未来の幅を描き出すという作業である。
事業環境を構成する事象は大きく社会、技術、経済、政策・規制の観点があり、その中でも特に自社のビジネスに影響を及ぼす要素を中心に把握することが重要である。例えば、自動車産業であれば、若年層のクルマ離れやシェアリングエコノミーの進展(社会)、環境・安全規制の厳格化(政策・規制)、電動化/自動運転技術の進展(技術)といった要素が重要な要素となる。小売業界であれば、先進国における少子高齢化に伴う消費性向の変化(社会)、新興国の経済成長に伴う中間所得層の増大(経済)などが重要な要素になってくる。
いずれにしても注目すべき事象は業界により異なることから、幅広い視点で事象をとらえる必要がある。それらの因果関係を認識した上で、自社のビジネスに特に影響が大きく、変化を引き起こすチェンジドライバーを識別し、様々な情報とともにそれぞれの変化の度合いを推定することが必要となる。
この一連の作業には継続的な情報収集を必要とし、それなりの負荷を要することから、シナリオプランニングを採用している企業では専担組織を設置することが常である。オイルショックを乗り切ったシェルはシナリオプランニングチームを設置し、40年にわたって組織的にシナリオプランニングを活用、進化させ続けている。また、フォルクスワーゲンも社内に「フューチャーリサーチ部」という専担組織を設置し、エコノミスト、心理学者、社会学者、生物学者などの専門人材を抱え、多面的な分析を行う体制を整えている。
昨今ではICTがビジネスに与える影響も大きくなっているため、GEやシーメンス、ボッシュといったIoTに注力している企業は、こうした知見を有した専門家をシナリオプランニングチームに配置し、環境の変化に対していかにICTを活用するかを検討するようになってきている。
日本国内でも近年、シナリオプランニングに関する注目がふたたび高まっているが、専担組織を設置して取り組んでいる企業は少ない。環境変化の激しい現代において、その時流を適確に捕捉し、柔軟に対応するためにも、日本企業においてもシナリオプランニング専担組織を設置し、外部専門家も活用しながら、当該組織を継続的に活用し、進化させていく取り組みが求められる。特に、デジタル革命においてはICTをいかにビジネスに活用していくかが企業戦略立案上、重要な取り組みになってくることから、シナリオプランニングを行う上では、この技術分野に精通する人材の配置が極めて重要になる。

シナリオプランニングのポイント

シナリオプランニングのポイント

M&Aを活用し、不足するケイパビリティを補完

GEやシーメンス、フォルクスワーゲンやボッシュ、コンチネンタルといった事業領域を柔軟に再定義する企業では、M&Aの専担組織が、自社の事業戦略の実現に必要なケイパビリティをもつ対象企業を探索、特定し、日々情報の収集と分析を行っている。これらの企業は、対象企業が属する業界特有の事業環境や重要な成功要因のほか、対象企業そのものの競争力の源泉についても分析を行う。同時に、対象企業のバリュエーションに必要となるビジネスごとの重要業績評価指標(KPI)について詳細に分析し、投資のタイミングについての判断を定期的に行っている。
事業成長にM&Aを有効活用している企業は、投資対象の選定段階で3~10年程度の時間をかけ、投資後のビジネスプランを含めて緻密な検討を行っている。場合によっては、将来の投資を見据えて業務提携を行い、協力関係を築きながら投資に向けた情報収集・分析を行うケースも存在する。IoTとAIによってもたらされる環境変化に能動的に取り組むためには、ICTプレイヤーやスタートアップが有するケイパビリティの取り込みが必要不可欠となることから、常日頃から情報収集を行う体勢を構築することが極めて重要である。その際、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)の活用などは一考に値する。
なお、日本においてもM&A専担組織を設けている企業は存在するが、投資先候補の事業環境や重要な成功要因、競争力の源泉といった情報まで掘り下げて分析を行い、投資判断に繋げているケースは少ないように感じる。

デジタル化の時代に自ら変革を起こし、成長を目指すには

デジタル化の時代に自ら変革を起こし、成長を目指すには、メガトレンドから起こり得る未来の幅を描き出し、それに備えて必要な対策を講じることが必要不可欠である。その際にはこれまでの成功モデルから脱却し、事業領域を再定義するということも必要である。また、デジタル化に対応するためには自前主義にこだわらず、テクノロジーに精通するスタートアップなどの外部リソースの取り込みを模索するということも必要になろう。「デジタル革命」に能動的に関与し、イノベーションを起こすためにも、今一度自社の事業領域を再定義し、M&Aを活用するなど、必要なケイパビリティ、特にICTに関するケイパビリティを補完する。こうした取り組みを行うための体制の整備が、今の日本企業にとって喫緊の課題と考える。

(参考)GE、シーメンス、フォルクスワーゲン、ボッシュ、コンチネンタル等、各社ホームページ/経済産業省、平成30年3月「我が国企業による海外M&A研究会」報告書/その他書籍、報道記事等

執筆者

株式会社 KPMG FAS ストラテジーグループ
シニア・マネージャー 池田 晴彦(いけだ はるひこ)

2015年に入社後、製造業全般及び自動車産業を中心にM&Aアドバイザリー業務、企業戦略策定業務に従事。KPMG入社以前は外資系コンサルティング会社にて戦略策定から実行までの一貫した支援を実施。IT分野の構想立案・導入まで幅広い経験を有する。
筑波大学第一学群自然学類数学専攻卒業、同大学院理工学研究科修士課程修了。

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