海外子会社の有事をめぐる経理部門の対応ポイント ~初動から平時の備えまで~

自然災害等の海外子会社における有事を念頭に置き、本社・海外子会社双方の経理部門が果たすべき役割・業務について整理・解説を行う。

自然災害等の海外子会社における有事を念頭に置き、本社・海外子会社双方の経理部門が果たすべき役割・業務について整理・解説を行う。

1.はじめに - 日系企業の現況、有事対応の基本的な考え方

有事対応の基本は、平時の業務水準を迅速に回復することにより、グローバル全体での事業展開への影響の最小化を図ることである。本役割の遂行を確実なものとするべく、多くの日系企業においては、タイでの洪水や日本国内での地震等を契機として、BCP(Business Continuity Planning)の策定を進めている。
しかし、そうした取組みの対象は、生産・販売といった事業運営を中心とするもので、経理・総務・人事等のコーポレート機能に焦点があたっておらず、経理部門が担うべき役割は明確にされてこなかった。
本稿では、有事において不足ないし供給が停滞することで事業運営に影響を与えることとなる、ヒト・モノ・カネ・情報の経営資源の切り口から、経理部門における対応ポイントを整理・解説する。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることを、あらかじめお断りする。

2.経理部門が有事に果たすべき役割

(1)海外子会社の経理部門

1)海外子会社の経理部門の現況

本論に入る前に、前提として踏まえておくべき、日系企業における海外子会社の経理部門の現況について簡潔に整理する。

ア 経理部門の構成員
海外子会社、特に製造子会社の経理部門は、部門長をはじめとして、ローカルメンバーによって構成されることが多い。背景には、本社からの出向者を充てることによるコストアップの回避に加え、中国・タイ等でみられるように、現地法令の要請として、経理担当者に法的資格を有する者を充てる必要があるといった事情がある。国・地域により、従業員の気質や会社・仕事に対する姿勢に違いがあるため、日本と同様に対応を進めることは難しくなる可能性も考慮しておく必要がある。

イ 海外子会社内での経理部門の立ち位置
経理部門の業務においては、いうまでもなく資金繰り計画や在庫計画、人員計画、生産計画等を総合的に把握する必要があり、個々の計画の作成に直接携わる場面が生じる。そうした業務を通じて、会社全体の動きを把握する立場にあるため、経理部門が各種管理機能の中核としての立ち位置を担っている事例が多く見られる。そのため、有事においては必要に応じて、経理部門に、経理業務以外の全体のとりまとめ業務を支援させることも一方策として考えられる。


2)海外子会社の経理部門が果たすべき役割

ア 現金・運転資金の確保
事業運営に必須の経営資源たるヒト・モノ・カネ・情報のうち、有事においても、経理部門に求められる最重要事項は、現金・運転資金の確保といえる。まずは、当面の業務や従業員対応等に必要な現金の確保を優先することになるが、会社運営を平時の軌道に戻すために必要な、一定規模の資金の確保もあわせて求められる。
そのため、経理部門担当者が最初に実施すべき事項として、会社内の金庫等で管理している小口現金や預金通帳、カンパニーシールの確保が挙げられる。
多くの場合、銀行が完全に、かつ継続して営業を取り止めることはなく、ある程度の小口現金があれば、預金残高全額を引き出す必要まではない。銀行の閉鎖が直近で見込まれるような場合には、身体・生命に危険が及ぶような事態が生じている可能性も高く、従業員の安全管理を最優先として慎重に対応する必要がある。
また、親会社に支援を求めるにしても、海外送金には一定の時間がかかるため、可能な限り早いタイミングで資金計画を整理して、支援要請の要否を検討することが重要となる。

イ 損害保険金による補填
災害等により、固定資産や棚卸資産の継続的な使用が困難となった場合には、損害保険金による損失補填を進めることになる。保険に関する鑑定士の実査対応・求償対応は、有事対応において後半の段階に位置づけられる場合もあるが、どの程度の保険金が補填されるか試算し、資金計画に織り込んだ上で、本社支援の要否を早期に判断することが望ましい。
そのため、あらかじめ加入保険の内容を把握しておき、少なくとも、想定される入金タイミングを把握しておくことが重要である。

ウ 財務関連数値の影響額シミュレーション
経理部門が提供すべき情報にかかわる重要な業務として、当該子会社単体での決算書及び連結決算用の親会社への報告数値のほかに、有事発生後に想定されるシナリオに応じたP/L、B/S、資金繰り計画等の各種財務関連数値の影響額シミュレーションがある。当該シミュレーションでは、前述の損害保険金以外にも、債権保全の状況に応じた損失引当金や、従業員・サプライヤーへの一時金/見舞金など、発生が見込まれる費用や入出金のタイミングを慎重に見積もることが重要となる。

エ 経理業務対応に必要となるサーバーのデータ保全
各種経理業務対応にあたって、サーバーに保存されている様々なデータが必要となるため、IT・情報セキュリティの管轄部門にとどまらず、経理部門においても危機意識をもち、率先してデータ保全対応を進めることが考えられる。ただし、会計システムのデータをはじめ、本社や地域統括会社などがグループ会社全体のデータ管理を行い、バックアップを行っているケースもあるため、自社の状況に応じて対応方針を検討しておく必要がある。
なお、海外子会社では、通常のデータ処理を行うサーバーと同じ部屋に、バックアップ用のサーバーが設置されているといった事例が散見され、有事の際にバックアップデータも同時に失われることがある。バックアップサーバーの設置場所については今一度、確認・検討しておくことが望ましい。たとえば、洪水が想定される拠点では、サーバーを2階以上の部屋に設置するべきであり、実際に2011年のタイの洪水発生時には、1階部分が浸水していたため、2階からサーバー本体を船で持ち出した企業もあった。

オ 現地銀行等、社外からの情報入手
有事においては、その影響の大小や範囲を確認するべく、平時以上に迅速かつ正確な情報収集が必要となる。迅速性という観点からは、現地マスメディアによる報道やインターネットの活用が有用である。一方、情報の信頼性や網羅性という観点からは、そうした情報源のみに頼ることはできない。正確性の担保の観点からは、銀行をはじめとする金融機関からの情報入手が考えられる。様々な企業・組織との接点を有していること、英語や日本語での対応が可能であることから、日系企業として入手しておきたい情報の保有・提供が期待できる。

カ その他、ヒト・モノを含む全体とりまとめへの関与
前述のとおり、経理部門は有事におけるカネ・情報の確保・展開について重要な役割を担うことになる。カネ・情報の状況を把握している経理部門が、ヒト・モノに係る対応についても主体的に関与することで、効率的に有事対応が進められるケースは多いものと考えられる。

(2)日本本社の経理部門

日本本社の経理部門が有事に対応すべき事項としては、やはり、現地子会社において資金ショートを起こさないよう、遅滞なく支援を行うことである。現地での資金調達手段は限定的であり、海外子会社内で保有する現預金だけでは賄いきれない可能性もある。
また、有事の際には、通信インフラの断絶ないし不安定化、人員等のリソース不足により、海外子会社と日本本社での適時の連携ができず、親会社の支援金額やタイミングにつき、認識を合わせた上での送金が困難となる場合もある。そのため、海外子会社に一定の期間に活動するための資金量の目安を、平時から試算させ共有しておくことが望ましい。仮に海外子会社側にて充分な対応ができない状況であっても、本社側の初動対応として、目安金額の送金手続を行うといった対応も一案として考えられる。

3.平時から検討・整理しておくべきこと

ここまで有事対応を中心に整理・解説してきたが、既述のとおり、有事対応において確実かつ円滑に初動対応を進めるためには、平時からの備えが不可欠である。以下、本項についても、ヒト・モノ・カネ・情報の経営資源ごとに整理・解説する。

 

1)日常業務の整理・文書化による属人化の防止
海外子会社の管理部門は、極めて少人数での構成となっているケースも多く、業務が属人化しやすい環境にある。そのため、特定の担当者の不在が、直接的に会社運営に影響を与える可能性がある。このような状況を回避するべく、平時から各業務担当者が実施している業務の棚卸を行い、業務を実施する上で必要となる情報(参照すべき過去資料、作業用フォーマット、取引先担当者の情報等)を整理し、文書化しておくことが望ましい。
業務の整理・文書化は、有事を想定した対応にとどまらず、異動・入退職時の業務引継ぎ時にも有用となる。先ほども述べたように、海外子会社では業務が属人化しやすい環境にあり、業務の継続性の観点以外にも、例えば、購買担当者と現地サプライヤーとの癒着防止といった不正防止の観点からも本取組みを進める必要がある。また、通常、数年毎に交代する駐在員の業務についても、業務引継の円滑化やノウハウ・過去トラブル事例の蓄積を目的として、整理・文書化しておくことが推奨される。
なお、こうした取組みを海外子会社の従業員のみで進めることは、スキル・リソースの面から難しいことが考えられるため、本社から一定の支援を行うことも検討するべきである。


2)出勤等に関する対応方針の事前設定
有事において、従業員の出勤等に関する意思決定を円滑に行うべく、あらかじめ判断基準を設定しておくことが考えられる。
例えば、外務省の公表する渡航情報などをベースとして、駐在員、駐在員家族、出張者、ローカルスタッフの出勤や帰国に係る対応を個々に定めておくことが想定される(図表参照)。この一覧表を整理しておくことにより、仮に連絡が途絶した状態に陥ったとしても、発生した事象のレベルに応じて各員が納得感・安心感をもった対応を進めやすくなる。また、本一覧表は、所在確認にも活用することが考えられる。

対応方針のイメージ

レベル 基準
(外務省渡航情報)
駐在員 駐在員
家族
出張者 現地
社員
4 退避してください。
渡航は止めて
ください。
(退避勧告)
責任者以外
帰国
帰国 出張禁止
・帰国
自宅待機
3 渡航は止めて
ください。
(渡航中止勧告)
会社近辺の
ホテル使用
帰国 出張禁止
・帰国
夜間外出
自粛
2 不要不急の渡航は
止めてください。
夜間外出
自粛
自宅待機 不要不急の
出張禁止
夜間外出
自粛
1 十分注意して
ください。
夜間外出
自粛
夜間外出
自粛
夜間外出
自粛
夜間外出
自粛

(出所)「外務省 海外安全ホームページ」

3)預金通帳のサイナーの整理、通帳等の保全方法の検討
預金通帳のサイナー権限が一名にしか付与されておらず、有事の際に当該サイナーが不在となり預金の入出金対応ができないといったケースに陥らないよう、サイナー権限について確認する必要がある。子会社社長や経理部門長等をサイナーとすることが想定されるが、業務上の利便性のみならず、不正防止の観点も踏まえた権限範囲とするように留意せねばならない。
また、サイナーの整理とともに、有事の際のカンパニーシールと通帳の保全方法についても事前に整理しておくことが望ましい。子会社施設が損壊するなど、状況によっては、会社の外にカンパニーシールと通帳を保全せざるをえない可能性もあるためである。

 

4)ネットバンキングの整備状況等の確認
近年は、新興国でもネットバンキングが発達してきており、有事の際にも活用することが想定される。そのため、海外子会社所在国のネットバンキングの整備状況について確認をした上で、支払データ作成者や最終処理実行者の権限設定等を整理しておくことが望ましい。

 

5)会社運営に必要となる資金のシミュレーション
有事の際には経理部門に限らず、様々な部門でリソース不足が発生することが想定され、そのような状況下で、自社の会社運営で必要となる資金量の試算を一から始めてしまうと、考慮すべき事項に漏れが生じる可能性がある。平時から固定要因と変動要因ごとに自社の状況を整理し、有事の際に想定されるシナリオ(生産稼働率等)に応じて、資金計画にどのような変動が生じるかを分析しておくことが有用である。
また、少なくとも固定費からキャッシュアウトを伴わない各種償却費用を除いた金額は、生産稼働をしていない場合に必要となる資金の目安となるため、当該金額と海外子会社の現預金残高については、本社側と共有しておくことが望ましい。有事の際に必要となる資金量についても共通認識としておくことで、当面必要となる資金について、本社側の初動対応として、取り急ぎ送金するという手段をとることも可能となる。

 

6)加入保険の検討、見直し
損害保険は、有事発生後には加入状況を確認することしかできず、平時から定期的に加入内容の検討・見直しを行うことが肝要である。特に、グループ会社全体を対象として本社が加入しているグローバル保険商品のみに加入している場合には、注意が必要である。損害保険の負担費用を減らすために保険の免責金額を設定することが多く、個々の海外子会社における取引額や保険対象資産から見ると、免責金額が過大に設定されている可能性がある。せっかく保険対象と認定された場合でも、免責金額が大きく、保険金を受領できないとなっては無意味である。
そのため、海外子会社や本社はグループ会社全体で保険に加入しているという事実だけで安心することなく、当該保険の詳細確認と自社の状況とを照らし合わせて適切な内容となっているか検証し、海外子会社としては、必要に応じて本社への保険見直しの依頼や、個社での保険加入の検討を実施するべきである。

 

7)大使館等の公的団体や日本人商工会等との連携
この点、必ずしも経理部門の役割とは言いきれないものの、事態の拡大・収束状況や他社の対応状況等を、有事において円滑に入手できるよう、上述の現地銀行に加え、あらかじめ大使館等の公的団体や日本人商工会等と関係を築いておくべきである。

4.総括

ここまで述べてきたとおり、有事においては、ヒト・モノ・カネ・情報の経営資源の確保において必要な対応の重要な部分を経理部門が担うことになる。確実かつ円滑な有事対応は、平時からの検討・備えにより大きく左右される。初動対応の最も重要なポイントは、事前の備えにあることを意識し、海外子会社任せ、あるいは海外子会社でしか対応できないという状況を作出しないように、本社が中心となり準備を進めておく必要がある。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
シニアマネジャー 水戸 貴之
シニアコンサルタント 馬場 智紹

旬刊経理情報 No.1504 2018年2月20日号に掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、中央経済社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

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