税務部門の地位向上なくして、税務の最適化は実現できない

日本でグローバルタックスマネジメントが普及しない理由の1つに、「税務コスト低減がキャッシュフローをもたらす」ことの重要性をあまり評価されていない問題がある。

日本でグローバルタックスマネジメントが普及しない理由の1つに、「税務コスト低減がキャッシュフローをもたらす」ことの重要性をあまり評価されていない問題がある。

組織基盤の弱さがリーダーシップ不足をもたらす

企業にとって最も重要なミッションの1つに、「株主へのリターンの最大化」がある。それを達成するには、収益モデルやサプライチェーンをグローバルに再検討して税務コストを最適化し、税引後利益を拡大する必要がある。

一方で、税務最適化の試みはドラスティックな変革をともない、しばしば個々のビジネスユニット間に、利害の衝突と軋轢をもたらす。このため、本社の税務部門が強い指導力を発揮し、全体最適の観点から税務戦略を実行していく必要があることは、前出の「税務最適化への貢献を考慮した業績評価手法の導入により、全社最適の実現を目指す」でも触れた。

しかしながら、多くの日本企業の現状を見るかぎり、税務部門が牽引役となって、こうした変革を主導することは極めて難しい。なぜなら、日本企業においては多くの場合、事業部門の力が非常に強く、トップダウンによる税務戦略の実行には大きな困難がともなうためである。

このことは、裏を返せば、税務部門が変革を主導するに足るだけの影響力を持っていないということの証左でもある。日本企業においては、税務部門が社内において大きな発言力を持つケースは極めてまれだ。端的にいえば、税務部門の組織としての地位は相対的に低く、仮に「税務部長」という役職があったとしても、財務部長や総務部長、人事部長などと同等の地位とはみなされにくい傾向がある。

では、なぜ、日本企業においては税務部門の発言力が弱いのか。どうすれば税務部門は、グローバルな税務戦略を立案・実行できるだけの力を蓄えることができるのか。本稿では、その点について考えてみたい。

「税務コストの低減が利益を生む」という発想の欠如

なぜ、日本企業においては税務部門の発言力が弱いのか。最大の理由は、税務部門がコストセンターと見なされ、企業の付加価値を生む部署とは見なされていない点にある。

グローバルタックスマネジメントこそ競争優位確立のための基盤」でも述べたように、株主へのリターンを最優先に考える欧米企業においては、税引後利益の最大化が追求されてきた。このため、税務部門は企業の付加価値を生み出すプロフィットセンターと見なされ、「税務戦略の巧拙が企業価値を大きく左右する」ことは、いわば自明の理であった。

一方、日本企業においては「企業は株主のもの」という意識が相対的に弱く、従業員や顧客、取引先など、さまざまなステークホルダーの利害に目配りするバランス型経営が行われてきた。このため、株主配当の算定根拠となる税引後利益への関心は薄く、税務コストに対する意識も低いのが実情であった。
企業が負担する実効税率の国際比較をみると、欧米企業の実効税率が10~20%であるのに対し、日本企業の実効税率は30~50%と高止まりの傾向が見られる(図表1)。

実効税率の比較表

実効税率の比較表

とどのつまり、「納税とは社会的な責任の一環」という伝統的観念を有する日本企業は、長らく「税務コストの低減によって利益を生み出す」という発想とは無縁であった。「利益に見合った税金を支払う」ことが企業として当然の義務である以上、税務とは事業に付随するルーティンワークに過ぎない、と考えられてきたのである。

このため、社内に税務担当者はいても、組織としての税務部門が存在しないことも多く、仮に税務部門が存在したとしても、それは単なる「申告書作成機関」にすぎないというのが一般的な認識であった。このように、税務部門が戦略的に重要な組織であるという認識は、日本企業においては極めて希薄であった。一部上場企業でも、独立した税務部門を持たず、経理部門の1セクションという形で税務の作業を持ち回りしているケースが多いことが、この間の事情を物語っている。

国際税務への対応を阻むグローバル人材の不足

このように、税務部門が組織として確立されていないということは、必然的に税務戦略に投下する予算不足と人材不足をもたらす。これが、日本においてグローバルタックスマネジメントの導入が進まない理由の1つとなっている。

これとは対照的なのが欧米のグローバル企業であり、その税務部門の陣容は、本社だけで数10人~数100人に上る。ひと頃、多国籍企業によるタックスヘイブンを利用した過剰なタックスプランニングが国際社会を騒がせたが、BEPS(税源浸食と利益移転)と呼ばれる極端な租税回避を主導したのは、本社を根城とする税務のスペシャリスト集団であった。彼らは「税引後利益の最大化」というKPIを達成するため、国際税務の知識を駆使してタックスプランニングのテクニックを磨き、その可能性を極限まで追求したのである。このような税務部門の“過剰なタックスプランニング”は決して望ましいことではないが、「税務コストの低減」という手法により利益を創出できることを世界に知らしめたという点では、一定の成果があったといえなくもない。

一方、日本の一部上場企業はといえば、本社と事業部を合わせても、税務部門のスタッフは平均で10人~20人程度。国際税務の担当者に至っては、わずか数人しかいないのが実情である。この限られた陣容で、税務申告や各国の税務調査に対応するかたわら、グローバルな税務ポジションを把握して戦略的なタックスプランニングを実践するのは容易ではない。
組織としての基盤の脆弱さと、圧倒的なグローバル税務人材の不足。この2つが、日本企業が本社主導で税務の最適化に取り組むことを、極めて困難にしているのである。

税務部門をプロフィットセンターと位置づけ、CFOの直属組織に

では、どうすれば本社税務部門の社内的な地位を高め、グローバルタックスマネジメントの実践が可能な組織に変えることができるのか。
対策の1つは、税務部門が「利益を生み出す」組織であるという認識を深め、全社的に共有することである。タックスプランニングにより不要な課税リスクを回避できれば、事業部が創出した利益を無駄にすることなく、税引後利益を拡大することができる。ひいては株主への配当を増やすことも可能となる。
このように、「税務部門はコストセンターではなく、利益を生み出すプロフィットセンターである」という認識を広め、意識改革を進めていくためには、まずトップマネジメントがそのことを十分に理解し、税務部門に対する社内の見方を変えていく必要がある。それと同時に、税務部門の側でも積極的に自らの役割をアピールし、他部門に理解を求めていくことが必要だ。

もう1つは、税務戦略を重要な企業戦略の1つと位置づけ、税務部門の社内的な地位を高めていくことである。一般に日本の大手企業では、CFO(最高財務責任者)の下に経理部が付き、その下に主計局、さらにその下に税務セクションが付くという形で階層化されているケースが多い。これでは、仮に税務の担当者が税務戦略を立案したとしても、それを経営会議の俎上に乗せるためには何層もの階層をクリアせねばならず、経営上の意思決定に直接的な影響を及ぼすことは極めて困難といわざるをえない。

税務部門の位置づけ

税務部門の位置づけ

こうした状況を変えていくためには、税務担当部署のポジションを欧米企業並みに引き上げ、CFOの直属とすることが有効である。税務部長を経理部長や法務部長、人事部長と同等のポジションまで引き上げ、税務部門でキャリアを積めば、経営のボードメンバー入りも可能な形にキャリアパスを再編するのである。

こうした施策によって税務部門の地位を底上げし、全社的な税務戦略を実行できるだけの権限を付与すれば、税務部門は他部門と調整しながらグローバルタックスマネジメントを進めることが可能となる。その結果、税務担当者のモチベーションも高まり、税務部門に優秀な人材が集まってタックスガバナンスが一層強化されるという、正のスパイラルが生まれるのである。

税務部門の地位向上こそグローバルな税務最適化の鍵

以上、グローバル企業に求められる税務部門のあり方について考察してきた。
重要なのは、経営陣以下、全部門の社員が、税務部門に対する従来の認識を変えた上で、新たに獲得した認識を組織図やキャリアパスという形で「見える化」し、実効性を担保することである。

しかしながら、本社税務部門がタックスマネジメントにおいて欧米流のリーダーシップを発揮することが、必ずしも日本企業の現状にマッチしているとは限らない。欧米企業の合理的なタックスプランニングや税務リスク管理の手法に学びつつ、他部門と協調しながら税務の最適化を模索するスタイルこそが、日本企業のベストプラクティスといえるのではないだろうか。

ただし、そのためには、税務部門が他部門と対等に話し合いができる環境を整えることが先決である。重要なのは、税務部門の地位を相対的に引き上げ、調整能力が存分に発揮できるような組織に変えていくことだ。変革の実行主体である税務部門の組織改革なくして、グローバルタックスマネジメントを実践することはできない。そのことを、企業のトップマネジメントは十分に理解しておく必要がある。

グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント

お問合せ