気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)による最終提言の公表

2017年6月、TCFD※1は、2016年12月に公表したPhase II Reportに対するパブリックコンサルテーションの結果を踏まえ、最終的な提言を公表しました。

気候関連財務情報開示タスクフォースは、2016年12月に公表したPhase II Reportに対するパブリックコンサル ...

※1 気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures: TCFD)

TCFDによる提言の持つ意味

TCFDは、2015年12月4日に金融安定理事会(Financial Stability Board: FSB)によって設立された、金融の安定性という文脈から気候変動問題が議論される初めての国際的なイニシアチブです。
なぜFSBが気候変動問題を議論する必要があるのかと言えば、今後の世界的な低炭素経済への移行プロセスの中でより適切な資本配分が行われることは、世界の金融の安定性にとって重要であるためです。※2


2015年12月、温室効果ガス(Greenhouse Gas: GHG)の排出削減や気候変動に対応するための道標となる協定に世界各国が合意しました。
この協定は、パリで開かれた気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたため、パリ協定と呼ばれています。パリ協定には、気温上昇を2°C未満に抑え、さらに1.5°C未満に抑えるように「最大限の努力」を行うといった合意事項が含まれています。
これを実現するためには、GHGの排出を世界的に大幅に減らしていくことが必要であり、2011年以降の世界の累積GHG排出量(CO2換算)を1000ギガトン未満に抑制しなければならないと言われています。
将来的な「低炭素経済」は現在の経済と大きく異なるものと想定されますが、低炭素経済への移行は多くの企業にリスクと機会をもたらすと予想されます。(なお、TCFDは、以下のBoxに示すように、気候変動に関連するリスクを「移行リスク」と「物理的リスク」に分類し、機会については5つのカテゴリに分類しています。)

 

Box
TCFDが想定する低炭素経済への移行に伴うリスクと機会

リスク
移行リスク

  • カーボンプライシング、排出量の報告義務、製品・サービスに関する規制、訴訟に伴う政策的・法的リスク
  • 既存の製品・サービスの低炭素オプションへの代替、新しい技術への投資の失敗、低炭素技術への移行のためのコストに伴う技術的リスク
  • 消費者行動の変化、マーケットシグナルの不確実性、原材料コストの高騰に伴うマーケットリスク
  • 消費者選好の変化、業種に対する悪印象の浸透、ステークホルダーの懸念やステークホルダーからの好ましくないフィードバックの増加に伴う評判リスク

物理的リスク

  • サイクロンや洪水などの異常気象の激甚化に伴う急性の物理的リスク
  • 降雨パターンの変化や気象パターンの変動の増大、平均気温の上昇、海面上昇に伴う長期的な物理的リスク

機会

  • 資源効率:より効率的な交通手段の利用、より効率的な生産・輸送手段の利用、リサイクル、より効率的な建築物への移行、水使用・消費の削減
  • エネルギー源:低炭素エネルギー源の利用、政策的インセンティブによる支援の利用、新しい技術の利用、カーボンマーケットへの参加、分散型電源への移行
  • 製品・サービス:低炭素製品・サービスの開発・拡大、気候変動への適応や保険を通じたリスク対応、R&Dやイノベーションを通じた新しい製品・サービスの開発、ビジネスの多様化の能力、消費者選好の変化
  • マーケット:新しいマーケットへのアクセス、公共セクターによるインセンティブの利用、保険による補償を必要とする新しい資産や場所へのアクセス
  • レジリエンス:再生可能エネルギープログラムへの参加やエネルギー効率性向上の方策の実施、資源の代替・多様化

 

低炭素経済への移行に伴うリスクや機会による企業の財務への潜在的影響が、投資家、貸付業者、保険業者(以下「投資家等」といいます。)に正しく理解されなければ、効率的な資本配分は実現せず、影響が突然に顕在化した場合、金融市場の安定性が損なわれる可能性があります。
企業のリスクや機会に関する投資家等の理解のためには企業による情報開示が重要ですが、これまで企業が開示してきた気候変動関連の情報は、投資家等の意思決定のためには十分なものではありませんでした。情報を開示する企業の側にとっても、投資家等の意思決定に有用な気候関連財務情報を開示するための枠組がなかったと言えます。TCFDは、気候関連財務情報を開示する側にとっても利用する側にとっても有用な開示枠組を提示することを目的としています。


※2 より詳細な議論については、イングランド銀行総裁であり、FSB議長でもあるマーク・カーニー氏のLloyd'sでのスピーチベルリンでのスピーチをご参照ください。

提言の構成

提言は、組織運営における4つの中核的要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標および目標)から構成され、各要素について投資家等の理解に有用な「推奨される情報開示」が示されています。

 

中核的要素 推奨される開示内容

ガバナンス

気候関連のリスクと機会に係る組織のガバナンスを開示する。 a)気候関連のリスクと機会についての、取締役会による監視体制を説明する。
b)気候関連のリスクと機会を評価・管理する上での経営者の役割を説明する。

戦略

気候関連のリスクと機会がもたらす組織のビジネス、戦略、財務計画への実際のおよび潜在的な影響を開示する(その情報が重要である場合)。 a)組織が識別した、短期・中期・長期の気候関連のリスクと機会を説明する。
b)気候関連のリスクと機会が組織のビジネス、戦略および財務計画に及ぼす影響を説明する。
c)2°Cシナリオなどのさまざまなシナリオを考慮しながら、組織の戦略の適応力(resilience)について説明する。

リスク管理

気候関連リスクについて、組織がどのように識別、評価および管理しているかについて開示する。 a)組織が気候関連リスクを識別および評価するプロセスを説明する。
b)組織が気候関連リスクを管理するプロセスを説明する。
c)組織が気候関連リスクを識別・評価および管理するプロセスが、組織の総合的リスク管理にどのように統合されているかについて説明する。

指標および目標

気候関連のリスクと機会を評価し管理する際に使用する指標と目標を開示する(その情報が重要である場合)。 a)組織が、自らの戦略とリスク管理プロセスに即して、気候関連のリスクと機会を評価する際に用いる指標を開示する。
b)Scope 1、Scope 2および当てはまる場合はScope 3のGHG排出量と、その関連リスクを説明する。
c)組織が気候関連リスクと機会を管理するために用いる目標および目標に対する実績を開示する。

 

「推奨される情報開示」については、あらゆる組織を対象とするガイダンス(Guidance for All Sectors)のほか、金融機関を対象とするガイダンス(Supplemental Guidance for the Financial Sector)と気候変動に影響を受けやすい特定の4業種(エネルギー、運輸、素材・建築物、農業・食品・木材製品)を対象とするガイダンス(Supplemental Guidance for Non-Financial Groups)が用意されており、別冊の「TCFD提言の実施手引き(Implementing the Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」に含まれています。

また、中核的要素の一つである戦略についての報告における、2℃シナリオを含む複数の異なるシナリオ分析を実施するための補足資料として「気候関連リスクと機会の開示におけるシナリオ分析の活用(The Use of Scenario Analysis in Disclosure of Climate-Related Risks and Opportunities)」が用意されており、気候関連シナリオの種類やシナリオ分析の手法等が説明されています。

Phase II Reportからの主な変更点

Phase II Reportからの主な変更点を以下に要約します。

 

1)「戦略」と「指標および目標」の扱い
TCFDの最終的な提言では、「戦略」と「指標および目標」の2つの要素に関しては、重要性評価の結果として当該情報が重要であると判断された場合にのみ開示することを求めています。TCFDの提言では、原則的に4つの中核的要素に関する開示は制度開示書類の中で行われることが想定されています。
したがって、仮にある企業が、「戦略」と「指標および目標」の2つの要素について重要性が低いと判断した場合、制度開示書類での開示の必要はなくなります。しかし、気候変動に影響を受けやすい特定の4業種(エネルギー、運輸、素材・建築物、農業・食品・木材製品)のいずれかに該当し、売上高が10億米ドルを超える企業については、重要性評価の結果、「戦略」と「指標および目標」の2つの要素について重要性が低いという結論に至った場合でも、制度開示書類以外の何らかの報告書においてこれらの要素について報告することを検討することを求めています。これは、これらの業種の企業は他の業種の企業に比べて気候変動に関連して財務的なインパクトを受ける可能性が高く、投資家等の情報ニーズも高いと考えられるためです。


2)「戦略」におけるシナリオに関連する提言
Phase II Reportでは、組織のビジネス、戦略および財務計画に対する2°Cシナリオなどのシナリオの影響を説明することが求められていましたが、最終提言では、2°Cシナリオなどのシナリオを考慮した場合に想定されるリスクや機会に対して組織の戦略がどれだけ適応力があるのかを説明することが求められるようになりました。つまり、2°Cシナリオなどのシナリオが戦略におよぼす影響を説明するというよりも、組織の戦略の適応力についての説明に焦点が絞られるようになりました。


3)より頑健(robust)なシナリオ分析の実施
気候変動に影響を受けやすい特定の4業種(エネルギー、運輸、素材・建築物、農業・食品・木材製品)のいずれかに該当し、売上高が10億米ドルを超える企業に対しては、より頑健(robust)なシナリオ分析の実施を検討することを求めています。


これ以外のPhase II Reportからの変更点についてはTCFD Final Report FAQsを参照ください。

4つの中核的要素について開示する媒体

TCFDの提言では、原則的に4つの中核的要素に関する開示が投資家向けの制度開示書類の中で行われることが想定されています。ただし、各国における開示の要求事項と整合しない要素があれば、そのような要素については別の報告書の中で開示することをTCFDは推奨しています。
TCFDが制度開示書類の中で気候関連財務情報の開示を求めているのは、ほとんどのG20各国において、企業にはそもそも(重要な気候関連財務情報を含む)重要な情報を制度開示書類の中で開示することが求められていると考えられるためです。

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