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第21回 「統合報告の展開のために - 知的資産経営からの示唆」 鼎談

第21回 「統合報告の展開のために - 知的資産経営からの示唆」 鼎談

未来を拓くコーポレートコミュニケーション - 2016年、日本における統合報告書作成企業は300社を伺う勢いとなる一方で、内容とその取組みの成果については、発行体ごとに大きく異なる様相にあります。今後、統合報告の取組みを有意なものとするためには、報告書の作成を目的とするのではなく、この取組みを手段として、いかに、経営に活かすか、という姿勢が浸透していかなければならないでしょう。

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幸い、日本では、国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council, 以下「IIRC」という)のフレームワークの議論形成に大きく貢献した2005年リリースの「知的資産報告書ガイドライン 」、また、それ以降の多くの知見の積み重ねがあります。

統合報告書における知的資本、人的資本に関する開示の充実の必要性が指摘されるなか、WICI※1が、Intangible Reporting Framework※2をリリースするなど、「残された課題」への検討が本格化しつつあります。そこで、今、ひとたび知的資産経営※3の考え方と実践のふりかえりを通じて、統合報告への取組を経営に活かし、企業価値向上に結び付けるためのヒントを考えてみたいと思います。


※1 WICIについては、HPを参照 http://www.wici-global.com/index_ja

※2 http://www.wici-global.com/index_ja から入手可

※3 知的資産経営については、関係資料を集めた「知的資産経営ポータル」を参照されたい。http://www.meti.go.jp/policy/intellectual_assets/

ポイント

  • 日本が2004年から取り組んでいる知的資産経営の考え方は、IIRCのフレームワークの形成に大きく貢献し、考え方の多くは共通している。その経験から学べるものは多い。
  • 知的資本や人的資本を包括したIntangibles(無形資産)を、企業の強みを認識したうえで、ストーリーとして、ターゲットとする読み手にむけて語ろうとする検討とその明確化が、よりよいレポートの根底となる。WICIが公表したIntangible Reporting Frameworkは、統合報告の取組みを深化させるための試みである。
  • コーポレートガバナンスなど、様々な日本企業の価値向上のための取組みの根底は同じ問題意識である。実践のなかで、企業自らが考え、客観的な視点から「強み」を伝えていく努力が、対外的な評価とよりよい組織形成へと繋がっていくと期待される。

I. はじめに

芝坂(KPMG): 本日はお忙しいところお時間頂きましてありがとうございます。

KPMGは2ヵ月に1度発行している機関紙「KPMG Insight」に、「未来を拓くコーポレートコミュニケーション」と題した連載を行っており、今回で21回目となります。

統合報告の普及に尽力しているIIRCのCEOがポール・ドラックマンからリチャード・ハウェットに代わり、また、日本でのプラクティスも進むなかで「知的資本」、あるいは「人的資本」へのフォーカスの重要性が指摘されており、2004年から続く「知的資産経営」をそのベースとして見直すことで、日本企業のアドバンテージが発揮できるようなレポートの作成に活かせると良いのではないか、という問題意識を持っています。そこで、知的資産経営の産みの親である住田様と、現在、その動きを推進していらっしゃる諸永様にお話を伺い、意味のある開示の在り方を検討している日本企業の方々に、これまで10年以上にわたる経験を活用のためのヒントとして発信できれば、という趣旨で今回お話をお願いいたしました。

II. 知的資産経営が提起された背景の振り返り

芝坂(KPMG):知的資産経営」も振り返ると、提唱されてから早10年以上経っています。私自身も、当初よりかかわりを持たせていただいています。開示をめぐる動きは、その間もいろいろとあったのですが、知的資産経営についてご存じない方も多いと思われます。そこで、住田様にまず振り返りを頂き、そもそもどのような問題意識で提唱が行われたかという点を中心にお話頂けますでしょうか。

住田審議官 :「日本的経営」と言われるものが一時もてはやされた時代がありましたが、バブル崩壊以降、急激にその「日本的経営」が悪いものであるかのようにいわれるようになりました。「日本的経営」を離れ、欧米流の会計基準中心で物事を計り、その物差しですべて良し悪しを判断するような風潮が広がりました。しかし、それはかなり極端な話で、むしろ日本の伝統的な企業には良い部分がたくさんあると、私は考えていました。

たとえば、日本の企業は社訓やCorporate Philosophyのようなものが物凄くしっかりしており長い期間続いていることや、とにかく自分が短期的に儲かればいいという考え方ではなく、ある種の「拝金主義」ではなく、みなが良くなる状況を作り出し、それを持続していけるのが日本企業のよいところだと考えていたのです。

そしてなぜそれが日本の企業で可能だったかと考えると、財務面だけに焦点をあてるのではなく、独自にそれぞれが様々な「強み」を持ち、かつ中長期的な持続可能性というものを見据えた活動を一生懸命に経営者が行ってきたこと、また、長い目で見ることができるある種「大局観のある」経営者が自分自身の経営についてDiscipline(規律)をもって経営してきたということであり、そういう活動を評価するような金融機関、地域、人々、社会が存在していたことが挙げられます。

そうであるにもかかわらず、(日本企業が)負け始めた理由として、結局自分の本来的な「強み」がIntangible(無形資産)であり、目に見えないものであった為に、何が自身の「強み」なのか、なんとなくはわかってはいたが、はっきり認識できていなかったという点があります。企業自体も明確に自身の「強み」を認識できてないケースもあり、ましてや世の中には財務諸表をベースとしたような情報しかない為、上手く発信できていませんでした。また、それを受け取る側も財務情報を機械的に操作するような欧米流の投資家のやり方にすごく偏ってしまっていました。

そこで会社はそれなりの「強み」とは何かを考え直し、「自分の会社とは何か」を問い直し、「何を目標とするのか」を再認識し、その為に「どのような作戦をとるべきか」の三段階で経営を組み立て直し、それをある種のストーリー化し、自分の個性として発信していけば、それに共感してくれる方は恐らくたくさんいるはずだという思いがありました。ところがそれをできる仕掛けが当時まだなかったわけです。そこでまず、蓄積してきた様々な「強み」を活かした経営のやり方を「知的資産経営」と呼ぶことにしました。

「知的資産経営」の主旨は財務資産だけではなく、知的な資本や資産を活かす経営であり、「知的資産経営」の中味をストーリー化して「報告」という形で伝えていくやり方を示したのが知的資産報告のガイドラインです。伝えていけば必ずキャッチボールが起き、ステークホルダーとコミュニケーションを取ることができるということを狙っていました。

コミュニケーションによって本来的な自分の「強み」を、会社はより活かすことがしやすくなります。会社が自分の「強み」を活かすことが、結果としてどのように社会に貢献できるかということがCSRの本来的な意味です。CSRとして決められた項目をやればいいということではなく、会社が自分の強みをどんどん磨いていくことで価値を生み、それが社会の為になるという世の中を創りたいと考えました。

さらにいえば、ある種の拝金主義的な資本主義へのアンチテーゼとして、人間の知的活動の成果である知的資産を重視するある意味人間を重視した資本主義を示したかった。そしてまた、誰か一人だけが勝って全部持っていってしまう「Winner-takes-all」ではなく、多くの人が自分の独自の「強み」で成功モデルを作れる、勝者が多い世の中を創りたいということが「知的資産経営」を推し進め始めた発端です。

III. 知的資産経営報告書の現在の取組状況と成果

芝坂(KPMG): 現在でも当時の考え方はずっと繋がっているように思いますし、逆に言えば今、アベノミクス等で言われていることが、「10年前からその考えはずっとここにあったぞ」という感想を持っています。加えて、「知的資産経営」が経済産業省のなかでずっと継続的に推進されてきたことはある意味すごいことだと思います。私も、当時からかかわりを持っていたものとして、もっとこの取組みが広く世の中に拡がればよいと常々感じています。知的資産経営の展開では、まず、中小企業の方へ最初に広がっていったという事実があります。是非、そのあたりを現状と、どういう成果があり、それに対しどのような評価が外部からあるか、現在、推進の中心におられる諸永様から教えて頂けますか。

諸永室長 : まさにこの10年で「知的資産経営」を推し進めてきたなかで、中小企業に知的資産経営報告書といえるものが、多く出てきています。中小企業においても、自分たちの「強み」は何か、根源は何かを振り返り、それらを誰かに伝える、PRすることで結果として仕事に繋がる、また、取引に繋がってきたということなのだと思います。

初めは、中小企業へ金融機関側も資金繰りの協力をする際の「担保」という評価の部分において、「この企業はこれまでこのような製品を開発してきて、次なるビジネスモデルはこうであり、将来的にこのようなものが開発できる」といった研究開発の体制であったり、あるいは社長の思いであったりが、事業性評価の観点に少なからず反映されていきました。また、タイミング的にも地銀、信金などからの資金の流れ、投資を増やしていこうという動きもあった為に、中小企業から「知的資産経営」が浸透していったという背景があります。

やはり出資やEquity(株主資本)でいうところの「融資」を「知的資産経営」で判断するかどうかについては、金融機関側にも様々な選択がありますから、爆発的に増えるというわけでもなく、世の中全体に広がるというよりも、まずは、そういうケースもあるという選択肢に留まっています。ただ、「知的資産経営」を行うことによって、取引先が増えたといったお話も聞こえてきています。

中小企業から始まりはしたのですが、世の中で「モノ売りからコト売り」になってきたタイミングとなり、大企業であったとしても「うちの商品を買ってください」から、「何かお困りごとはありませんか」といった考え方になってきています。最近の企業のCMなどを見ていても、商品を推す電機メーカーはほとんどなくなり、「うちの会社のイメージはこうです」というCMですね。

ソリューションビジネスになってきたということが、過去の歴史、たとえば100年を紐解いて、「うちはこのような製品をこのように開発してきて、お客様とともに社会解決、社会課題を解決し、価値を創ってきた」という点にこそPRポイントがあり、実はそれが仕事そのものだったりしたわけです。世の中のビジネスが単品売りではまったく通用しなくなってきたからかもしれませんが、自分たちのアイデンティティとは何かを語らずして仕事が進まなくなっているのです。大企業でも、「この会社は何が本業か」と思われるほど、ビジネスが広がりをみせています。
そのような状況にあって、何によって信頼を得られるかというと、過去の歴史であったり、いろんな製品を生み出してきた実績であったりということになります。

その意味では中小企業からはじまったお金の流れで事業を応援しようというところから取引に繋がり、ふと気が付くと「モノ売りからコト売り」というソリューションビジネスへの流れに合致してきたようで、結果として企業の中で浸透してきたと言えると思います。

芝坂(KPMG): CSV(Creating Social Value)といわれる考え方、社会的な解決と企業のビジネスがインテグレーションするような流れになってきているのですね。

諸永室長 : ちょうど今、それらが始まっているところなのでしょう。

芝坂(KPMG):「知的資産経営」のなかで、自分たちの「強み」とは何かを議論することになりますが、これによって生まれる企業内部の効果はどうでしょうか。

諸永室長 : まず、社長の思いを従業員に伝えるという効果があります。大企業であっても社長が自分たちのやり方や、創業当時の思いはこうであったと伝えることで、従業員が自分たちが将来どうしていかなくてはならないのかなんとなくではあるが考えることができるようになります。

芝坂(KPMG): 拝金主義だとどうしても、株主中心主義になってしまう側面もあるかもしれませんが、知的資産経営を取り入れていくなかで、より社内の動きであるとか、従業員や地域、お客様、取引先やイメージも含めた1つの共通のストーリーになっていくのではないかと感じます。

諸永室長 : 企業との意見交換を継続しているのですが、企業の方でもブランディングの意味合いが変わってきたというような言い方をされています。社会貢献も昔では「CSR」といっていたところを、少し異なってきて、「このような社会解決をしてきた」という表現に変わってきています。株主も、最近では「人材育成にお金をかける」とか、「海外展開で海外の人間を採用する」ということは当然だと考えているようです。

芝坂(KPMG): 株主責任の考え方が変わってきつつあるのも、そのような企業に投資をしようという大きな流れの追い風となってきていると考えられますね。

諸永室長 : ソリューションはこうだというと、結局、企業の価値とは企業のブランドや企業イメージのところがすごく大事になると企業の方々が皆さんおっしゃっています。そうなるとCMもすごく難しくなるとも話されています。

芝坂(KPMG): CMの見られ方も変わってきていて、最近ではWEBでの様々な媒体の利用も盛んですね。

諸永室長 : いずれにしてもどこに自社のPRを打つのかは課題です。街中のサイネージかもしれないし、新聞やテレビも最近あまり見られないならネットなのかスマホなのかとなってくるでしょう。

芝坂(KPMG): 媒体を通じて伝えるだけでなく、企業の在り様、立ち位置や姿、それら全体で企業の尊敬されるイメージを形成していくということでしょうか。

諸永室長 : 昔であればロゴが入っている製品がたくさん身近に溢れていたのですが、最近は見かけなくなりました。ただ、企業としてはまだちゃんと存在し、継続してやっている点からも、ビジネスのブランディングが変わってきているということだと捉えています。

IV. 知的資産経営報告書の展開が意味すること

芝坂(KPMG):「知的資産経営報告書」は着実に展開しているといえますね。そこで、提唱から10年経って、当初での取組みとの違いや、よりよくなってきている点について、ご意見をお聞かせください。

住田審議官 : 地域、中小企業が展開の柱となってくれたと思っています。関心を持つ方の広がりが出てきたという思いもあります。それは地域の金融機関や行政書士、弁理士、中小企業診断士の方々であり、彼ら自身のビジネスとの絡みもあるものの、「何が大事か」を会社に気付かせてくれるヘルパーとなる人材が地域において幅広くなってきました。その成果として、中小企業を応援するような金融機関として信金、地銀、信用組合などが活躍するようになり、知的資産に係るような融資や企業の評価の際に「知的資産経営報告書」等が活用され、リレーションシップバンキングのツールとして使われるようになってきています。さらに、金融庁でも理解が進み、金融検査マニュアルでも取り入れられています。

大きな仕掛けになりつつあります。一過性のブームではなく、徐々に浸透してきているというところが「日本的なやり方」で、よい点であると感じています。一過性のブームであればすぐ萎んでしまいますが、むしろ地味ではあるがじわじわ浸透してきているのは、地域の中小企業にとってもいいことです。

一方で大企業では海外を見ている人が多い為、統合報告の動きは非常に大きなインパクトを与えつつあります。まだ「与えている」ではなく、「与えつつある」の段階であり、本来の「知的資産経営」という意味ではまだ「与える」とはいかないものの、もう充分、両者が再び融合するタイミングが近付いていると感じます。

実際に、必ずしも「統合報告」という名称でなくても、実質的には統合報告であるものが増えてきています。また、「ブームとしての統合報告」をやりはじめたが、実は統合報告が本当に伝えたいことを伝えられる手段になるのだということに気付いた人が、きっと上手くいくのだと思います。

V. 統合報告書の現状・課題とWICI Intangible Reporting Framework

芝坂(KPMG): KPMGでは統合報告書の調査を毎年実施しています。調査結果を見ると、フレームワークありきで入るケースが多く、そもそも「ストーリーを語る」であるとか、企業の根源的な「強み」を自分たちが伝えたい人(銀行、取引先、社長が自分のことを従業員に伝える等)に語ることをなくして、「とりあえず作りましょう」となっているケースが多く、それだと魂がこもってないと感じてしまいます。魂がこもってない為、ストーリーがなく、情報の付け足し、付け足しで統合報告書が作られてしまっているようです。

IIRCのフレームワークはチェックリスト的には使えると思いますが、基本的にはフレームワークであり、ストーリーを伝えるには項目が書かれているだけではなりたちません。統合報告書を書く為にどのような要素を入れるかを決めるまえに、まずストーリーありきで考えないといけないのかな、と思います。そうなると一番重要な「資本」である人、知的資産のもとにあった知的財産に対するIntellectual Capital(知的資本)の話、場合によっては地域との関係、顧客との関係、を検討して、上手にレポートに入れていく必要があると考えています。

そこでWICI Intangible Reporting Frameworkを、このタイミングで公表した問題意識についてお話くださいますか?

住田審議官 : IIRCとWICIはもともと近い関係にあり、統合報告のフレームワークを作る際にはWICIが貢献できたと考えています。IIRCの主なプレイヤーのなかには金融関係の方、ESG関係の方が多くて、先ほど「魂」といわれたことに似たようなものではあるのですが、本当の意味でこれが何をやるための枠組みなのかをよくわかっていない人が多かったようです。IIRCのCEOであったポール・ドラックマンは非常にこの点をよくわかっていました。

6つの資本を提案し、その資本がどのような形でお互い結びついて価値を創造するのかを書く為に、統合報告書の枠組みを示しました。彼らも、たとえばFinancial Capitalについては既にレポーティングの枠組みがあり、一部のCSR的な要素についてはGRIのような枠組みがあるという認識があり、Intellectual Capitalを中心として、これまでにレポーティングの枠組みがない分野がまだあるという問題意識があったのです。

このため、2年程前になりますが、ポール・ドラックマンからWICIに対し、この分野の枠組みが作れないのかと問いかけがあり、検討しようという議論がWICIのなかでも始まりました。時間はかかりましたが、ようやくこのタイミングで新しいIntangibles Reportingのフレームワークができあがりました。
6つの資産のなかで最も枠組みとしては薄かったIntellectual Capitalと称される組織資本、Human Capital(人的資本)、Social Capitalの一部であるRelational Capital(関係性資本・自分と他者との関係性において生まれてくる資本)に焦点を当てながら、経営全体をレポートするやり方のガイドラインとしてのフレームワークを作成しました。IIRCとも、連携しながら作成し、IIRCも評価しています。

VI. ビジネスストーリーを示すという課題に対する知的資産経営報告書作成企業の取組み

芝坂(KPMG): 確かに経営全体のレポートが肝なのだと思いますが、そうなるとやはりその根幹となるストーリーを語ることになります。ストーリーを語ろうという取組みについては、知的資産経営報告書に一日の長があると考えられます。

KPMGでも、企業のサポートをさせて頂く際に、どう表すかについて、ここが一番難しいと感じています。どのようにストーリーを描くか、あるいは、時間軸のとらえ方やどういう人をターゲットとして考えていけばよいのか、すごく難しい問題に立ち向かわなくてはなりません。

そこで、知的資産経営に取り組む企業において、ビジネスストーリーを描く際にどのように取り込まれているか、また、実際に取り組んでいる企業では誰がリードして、どのような体制で、どのような議論により、今の展開に繋げておられるのでしょうか。また、どのように報告書にまで、まとめていかれるのでしょうか。

諸永室長 :「知的資産経営報告書」として作成されているかどうかは別として、取り組む際には、報告書作成のキーマンとなる人がいて、そのキーマンが社長にインタビューなどを行いながら、伝えたいストーリーを作り上げていき、さらに「思い」を共有するチームが動いている企業であるならば、読みたくなるレポートを作ることができるようです。

キーマンとして動く人がいない企業では、見た目は同じようであっても、毎年、あまり変化がなく、数字をリバイスした程度のレポートになってしまいがちです。「誰に伝えたい」というところが重要で、「ストーリーを作る」ということよりも、まず伝えたい人がいて、伝えたいメッセージがあり、そこからストーリーができるという流れがあると読んでいても、内容がすっと入ってきます。

芝坂(KPMG): 誰に伝えたいかわからないレポートは実は結構ありますね

諸永室長 : 創業の思いと言っても、単に企業の昔話のようなストーリーを脈々とずっと書かれていても結局は何がいいたいかわからないです。

芝坂(KPMG): 現在から過去、過去から現在、また、現在から未来、のスタンスが根幹であり、未来に向けたストーリーが重要なのですね。

諸永室長 : 将来自分たちがやりたいことを理解、納得してもらうことが目標のはずですから、そのためにつむいできたストーリーがどこにあるのか、です。

芝坂(KPMG): そのときに、本日の最初に強みの話が出ましたが、自分の強みをもう一度再認識しないとストーリーはかけないと考えられます。

諸永室長 : 自分の「強み」がよくわかってない人が多いようです。株主や外部の人間と意見交換をしていくなかで、アナリストとも定期的な意見交換をすることも「強み」を知る機会となります。たとえば新商品発表会等で会社のことをPRする際に、メディアや取引先だけではなくアナリストを呼ぶことにより、徐々に自身の「強み」がわかってくる、自社の「強み」を理解していくという人もいます。

芝坂(KPMG): 自分のことは、実は自分でよくわからないのと同じですね。

諸永室長 : ストーリーのなかで、女性の活躍やワークライフバランスを書いている企業も多いですが、その副次的な効果として、取引先からみればあまり関係ない部分かもしれませんが、リクルートの観点で新しい新入社員の質が変わった、同業他社からの転職が増えた、というものがあります。また、ある会社では、どのように社員を大事にしているかと書いたら、結果的にいい人材が集まり、いい仕事に繋がっているという話もありました。

芝坂(KPMG): それが本来の開示目的の1つであると思いますし、人的資本のいいエコシステムが回っているということになりますね。

VII. 統合報告の展開のために

住田審議官 : 客観的にみるのが一番難しいのです。たとえば、日本の「強み」が何かは日本にいるとなかなかよくわからない。海外で暮らすと、日本の良さが本当によくわかります。会社の人でも出向する、少し組織から外に出る、別の会社に移るでもいいかと思いますが、外から自分の会社を見る機会があると、ある種Comfortableではない感覚があります。もともといた会社にはその何かがあるのだと初めて気が付くことができるでしょう。ただし、日本の会社では、なかなかそういう機会は少ないのかもしれません。

芝坂(KPMG): 今、「ステークホルダーダイアログ」や「株主との対話」が、スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス·コードの展開もあり、関心を集めています。これらの取組みについて、自分たちを客観的に見るための1つの手段として捉え、その成果をビジネスストーリーのなかにわかりやすく取り入れていけば、コンテンツもより良くなると思います。コーポレートガバナンス報告書もボイラープレート的なものになってしまっていますが、そもそもストーリーがないところに原因がある気がしています。

コーポレートガバナンスは、今とてもホットな話題です。私たちは、知的資産経営、統合報告は、根本はみな同じ考え方だと伝えるようにしているのですが、別々に捉えられてしまっている点は残念です。

そもそも「ストーリー」や「強み」がすべて根底にあるのです。今、日本で10年やってきた知的資産経営に代表される取組みを、何とか上手く今の取組みのためにシェアできないものでしょうか。いろいろな場で発信していきたいです。それをどのようなところで発信できるかと考えるのですが、やはり、企業との対話、投資家との対話の場でしょうか。

諸永室長 : 企業や投資家との対話であると考えます。ただ、企業側からは投資家に説明している時に、もっとこうした方がより良いというアドバイスや批判が少ないとも聞いています。一生懸命説明しても、投資家に伝えたいことがしっかり伝わったか伝わっていないかわからないのです。しかし、結果としては、投資家が株主であり続けているので、理解してくれているのだと感じているようです。

芝坂(KPMG): 評価する側も変わっていく必要があると考えますが、その点はいかがでしょうか。

住田審議官 : 1つ、我々の手が一番届きやすいところでいうと中小企業を中心とした生産性向上に政府が支援するという議論があります。そのために「経営力強化法」ができ、分野別に生産性向上に向けた指針を作るっているところです。生産性向上の肝は、その会社独自の価値が生み出せるところはレントが大きくなるため、この分野を活かすと生産性が向上します。「強み」や個性を認識し、それをどうビジネスで活かしていくか、また、どう伝えるかということを指針のなかで示しています。

レポーティングの問題でもあるのですが、そう言ってしまうと、レポート部門の人しかこの点を考えなくなってしまいます。そこで、これは「生産性の問題」という言い方をして、会社全体の問題として、その角度からレポーティングを考えてもらい、ストーリー化しないと上手くいかないと実感できれば、価値創造の方法や価値観そのものを伝えていくということを簡単にできるようになり、評価する側も変わっていくことができるでしょう。

芝坂(KPMG): レポートは結果の1つなのですが、それが目的化している現状があります。これは残念な点で、このままだとせっかくのこれまでのいい流れが消えてしまうのではないかという懸念もあります。効果が実感できるような取組みになっていけばよいと感じています。

VIII. 最後に

芝坂(KPMG): 統合報告書/知的資産経営報告書を何かに例えると?

住田審議官 : 一言で例えて言えばある種の「自画像」のようなものだと考えています。印象派的に描く人もいれば、近代絵画のピカソのように描く人もいるでしょう。自分が描きたいやり方で、伝わりやすいように描けばよいと思うのです。ただし、結局は自画像を描く場合には特徴を意識せざるを得ないわけですし、自分のなかのある一部分だけを描いてもそれは自画像にはならないので全体像を描く必要が出てくると思います。そういう意味では、絵で言えば自画像であるし、作文的に言えばある種の「履歴書」のようなものです。何が自分にとって大事なことで、自分はこのようなものを生み出す力があるのだと伝えることが大事です。

諸永室長 : 少し話は違うかもしれないのですが、知的資産経営に取り組んできた時期に、経済産業省では感性価値創造※4という考え方も唱えてました。感性価値創造とは製品において、なぜこれはこの値段なのか、何故欲しいと感じるのかという製品の価値を伝える「モノのストーリー」を語ろうと取組みで、製品の価値を伝えるストーリーテリングと企業の価値を伝えるストーリーテリングがあります。

自画像と考え方は同じかもしれませんが、製品の価値はスペックだけでは語れないところがあります。たとえば海外やアジアのものと比べて、なぜ日本製品がこの値段になるのかよくわからないことを、品質なのかこだわりなのか、について説明していくことや、見た目は同じではあるものの、こだわりとか次なるビジネスへの取組みであるのか、あるいは、モノで語るのか、その企業で語るのかというところが、私のなかでは似ていると考えています。

芝坂(KPMG): それは消費者の行動と似ていますね。なぜ同じモノなのに高い方を買うのか、という動機ともいえます。

諸永室長 : それは買う時と言いつつも、実は、買った後の満足度や愛着度にすごく繋がっていて、価格だけで判断し安いから買ったものと、少し他よりも高いかもしれないが、自分はこちらが欲しいと納得し、ストーリーに惚れて買ったものは何年経っても大好きなモノになり、ずっと持ち続けたいという愛着が湧きます。

芝坂(KPMG): そういうことは日本製品の「強み」でもあったわけです。

諸永室長 : それはこの会社がなぜ好きなのかと同じことではないでしょうか。

芝坂(KPMG): このようにもっと柔軟に考えてレポーティングに取り組めればよいのですが、フレームワークのお勉強から入ってしまうケースが多いのですね。

住田審議官 : フレームワークのお勉強の前にフレームワークの背景にある考え方を勉強してほしいです。

諸永室長 : 創業者の思いが現在の話と繋がればよいのですが、日本史の勉強で縄文時代ばかりやっても役に立たないのと同じように、創業者の思いや取組みと今とが繋がらない話をされても、「ストーリー」とはなりません。

芝坂(KPMG): 私は最近フィギュアスケートのフリースケーティングと似ていると感じることがあります。要するに、入れなければいけない要素があり、これを取り入れると点が高くなるともわかっているなかで、入れられないこともあります。一方で、その人の個性に合わせて衣装や曲、順番もすべて変えてよく、これをみなさんに伝えたいという思いが大切である点が似ていると思っています。企業がそういう話から入れば何のためにこれを作るのかという考え方になるかもしれません。ひとつひとつ、その蓄積をお手伝いできれば、と思います。

本日は、ありがとうございました。

 

※4 感性価値創造については、http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/creative/kansei.html

執筆者

経済産業省
商務流通保安審議官 住田 孝之 氏
経済産業政策局 知的財産政策室長 諸永 裕一 氏

KPMG ジャパン
統合報告アドバイザリーグループ
パートナー 芝坂 佳子

未来を拓くコーポレートコミュニケーション