自然資本プロトコルの発行

企業向け自然資本会計の世界共通の枠組み「自然資本プロトコル」が発行されました。

企業向け自然資本会計の世界共通の枠組み「自然資本プロトコル」が発行されました。

2016年7月、「自然資本連合(Natural Capital Coalition)」は、企業向けの自然資本会計(Natural Capital Accounting)の世界共通の枠組みとして、自然資本プロトコル(Natural Capital Protocol)の第1版を公表しました。

自然資本は、水、土壌、大気、動植物、鉱物など、地球上の自然資源のストックであり、企業活動を含む社会全体の成立基盤といえる重要な要素ですが、従来は経営意思決定において自然資本の価値はほとんど考慮されてきませんでした。しかし、自然資源の過剰利用や生態系の破壊・劣化が進んだ今日において、自然資本の価値を適切に評価し、経営に統合していくことが、企業経営の持続可能性や人々の生活の安定性向上につながると考えられるようになりました。

こうした認識に基づき2012年に発足した自然資本連合は、世界の200以上の企業、NGO、研究機関や基準設定主体との協働により、企業向けの自然資本会計の世界共通の枠組みである自然資本プロトコルの開発に取り組んできました。

2015年6月には自然資本プロトコルの枠組み草案が、2015年11月にはプロトコルおよび「食品飲料」「アパレル」のセクターガイドラインの公開草案が公表されました。パブリック・コメントのプロセスを経て公表されたこのたびのプロトコル第1版は、これまでのプロトコル開発手続の集大成といえます。

ここでは、このプロトコルの概要と公開草案からの変更点について解説します。

4つの原則

プロトコルは、自然資本の評価の実施にあたっての原則として、「関連性、厳格性、再現可能性、整合性」の4つを提示しています。これらの原則は2015年6月の「枠組み草案」で提示されたものと概ね同じですが、「関連性」には重要性(マテリアリティ)の概念が組み込まれ、「整合性」に関しては複数の企業間での評価結果の比較可能性を求めるものではないということが明記されています。

表1 自然資本の評価における4つの原則

関連性 関連性自然資本の評価にあたっては、自社のビジネスやステークホルダーにとって最も重要性のある(マテリアルな)自然資本への影響や依存度を含む、関連性のある課題を検討するべきである。
厳格性 科学的・経済的観点を踏まえ、技術的に頑強な情報やデータ、手法を用いて目的に適合した評価を行うべきである。
再現可能性
全ての前提、データ、注釈事項、手法は透明性が高く、追跡可能で、完全に文書化されており、再現可能であるべきである。これにより、必要に応じて将来的な検証や監査が可能となる。
整合性
評価に用いられるデータや手法、範囲はたがいに整合的なものであるべきである。どの範囲で評価を実施するかは、その評価の最終的な目的や用途による。

4つのステージと9のステップ

プロトコルは、企業が自然資本の評価・管理を行う上での流れとして、構想、範囲の決定、計測と価値評価、適用の4つのステージを示しており、4つのステージはさらに9のステップに細分化されています(表2)。草案では10のステップが示されていましたが、計測と価値評価のステージが整理され、9つになりました。それぞれのステップでは、自然資本の評価・管理を行う上で確認すべき「問い」が示されており、ステップを完了することによってその問いに答えることができるようになっていますが、その内容は公開草案におけるものと比較して実務により即したものとなりました。

表2 自然資本プロトコルフレームワーク

4つのステージ 10のステップで示される「問い」と主要な成果

構想

自然資本評価を実施する意義を確認する

01 はじめに
「なぜあなたは自然資本評価を行うのか?」

自然資本に関する基礎的な概念を理解し、自社のビジネス的な文脈との関連性をイメージし、評価を実施した場合に得られる効果や社内資源などについての初期構想を立てることができる。

範囲の決定

自然資本評価の具体的な目的を決定するために必要な検討事項を示す

02 目的を決める
「評価の目的は?」

評価結果を誰に対して示そうとしているのか、評価に参画を求めるべき社内外のステークホルダーはだれか、評価を行うことのメリットなどを確認する作業を通じて、自然資本評価実施の明確な目的を示すことができる。

03 範囲を決める
「目的を達成するためにふさわしい評価の対象範囲は?」

このステップでは、評価の対象は会社全体か、プロジェクトか、製品レベルかを決定し、それに対応するバリューチェーンの範囲、定性的・定量的・貨幣単位のいずれの評価とするか等を決定する。また、評価にかける時間や資源、必要なスキル、データの入手可能性、ステークホルダーとの関係などの具体的な計画を立てる。

04 影響/依存度の決定
「どの影響/依存度が最も重要か?」

自社の事業に関連して、評価の対象となる自然資本への影響や依存度を決定するため、典型的な影響/依存関係の事例や、重要性の有無を判断する。プロトコルは、このために収集すべき情報のタイプや判断基準の例を示す。
最終的に、重要な影響/依存関係および自然資本の状態の変化に関する優先順位づけされたリストを得ることがこのステップの成果となる。

計測と価値評価

自然資本に対する影響や依存度を計測し、その価値を評価する

05 影響をもたらす要因と依存度の計測
「影響をもたらす要因と依存度はどのように計測できるか?」

ステップ05における具体的な作業には、ステップ04で特定した自然資本に影響をもたらす要因や依存関係を有する事業活動(採掘・栽培、加工、製造など)のマップ化、影響をもたらす要因や依存度を定性的・定量的に表現するための指標の決定、指標を算出するための一次データ・二次データの特定や推定などが含まれる。
成果は、重要な影響/依存度ごとの指標リストである。

06 自然資本の状態の計測
「自社の影響や依存によって自然資本の状態やトレンドにもたらされる変化をどのように計測/推定するか?」

このステップでは、自社の事業活動の影響により自然資本の状態やトレンドにもたらされる変化を計測/推定するための方法、指標、情報源や期間を選択する。

07 影響/依存度の価値評価
「評価された影響/依存度の定量的な価値はどれほどか?」

このステップでは、これまでのステップで特定した影響/依存度および自然資本の変化に対する価値評価を行う。

適用

自然資本評価の結果を解釈し事業に適用する

また、価値を最適化する方法を検討し将来的な評価に発展させる

08 結果の解釈と確認
「どのように評価のプロセスや結果を解釈し、正当性を確認し、立証し、適用できるのか?」

自然資本の価値評価は、多くの場合、推定値が用いられるため、その結果の解釈にあたっては、前提条件や変数を変えてみることにより評価結果がどのように変化するかを確認する感度分析を行う。また、4つの原則に示された「再現可能性」を確保するために、評価のプロセスや結果の正当性を確認・立証する必要がある。具体的には、内部・外部のレビューを実施する。

09 取り組みを始める
「評価の結果をどのように既存の業務プロセスに適用できるか?」

このステップでは、自社における評価の目的や範囲にあわせて評価の結果をどのように利用することができるか、評価結果に関連し、どのような課題をより深く掘り下げるべきか、評価の結果明らかになった自然資本の外部性(例えば炭素排出や水利用のシャドープライス)を内部化することや、結果に関する社内外とのコミュニケーション、初回の自然資本評価をどのように発展させるかなどを検討する。これにより、最終的には既存の業務プロセスに自然資本へ配慮を組み込むことを目指す。

今後の展開

自然資本連合は、プロトコルの発行に併せ、その普及啓発や経験の蓄積を推進するための活動を継続的に進めるとしています。プロトコル本文では、具体的な価値評価のツールや方法論については述べていません。プロトコル中のコラムや付属書にいくつかの方法論についての簡単な概要がありますが、個別の評価手法については別途モジュール化されたプログラムやツールキットとしてガイダンスを提供することになります。

その一環として、2016年9月からは、ケンブリッジ大学サステナビリティリーダーシップ研究所によるProtocol Application Programが開始される予定です。これは、プロトコルの適用に取り組もうとする企業等を対象としたプログラムであり、ウェビナーや資料の提供、イベント開催等を通じて技術的な知見を共有し、プロトコルの普及啓発につなげようとするものです。また、参加企業からのフィードバックや事例の蓄積に基づいて、自然資本を経営意思決定によりよく統合する方法を探求することが意図されています。参加要件等、詳細はNatural Capital Protocol Application Program(English PDF:274kb)よりご確認ください。

また、WBCSDによる”Redefining Value(価値の再定義)”プロジェクト*の一環として、自然資本の測定・評価に際して利用可能な既存のツール、方法論等を統合したToolkitが公開される予定です。Toolkitは、自然資本プロトコルの「測定と評価」のステップにおいて適用可能な手法に関するガイダンスであり、定性的評価、定量的評価、貨幣価値評価を含みます。2017年の第2~第3四半期の公開をめざし、2016年末からパブリック・コメントの募集が始まります。詳細はNatural Capital Protocol Toolkit(English PDF:240kb)よりご確認ください。

業種別ガイダンスとしては、アパレルと食品飲料のセクターガイドが発行されましたが、自然資本連合は、今後も引き続き関心の高い業種のステークホルダーとの対話に基づき、他の業種のセクターガイドの開発も進めていくとしています。

気候変動、異常気象、水や食糧の危機、生物多様性の損失など、自然資本に関連する課題が世界的なリスクとして認識されるようになりました。しかし、これまで、サプライチェーンを通じた自然資本と関わりが大きい企業にとっても、それらの企業のリスク管理の在り方を評価して投資・融資等を行おうとする金融機関にとって、そのリスクを定量的に評価する統一的な枠組みが整っていませんでした。このたびのプロトコルは、こうしたニーズに応えるものとして開発され、パイロットプログラムを通じてすでに企業における適用の事例が蓄積されつつあります。資源の多くを海外からの調達に頼り、グローバルなサプライチェーンを持つ日本企業にとっても、関連性・重要性の高いテーマであるといえます。

※Redefining Valueプロジェクトは、持続可能な経済発展のためには、財務情報のみならず自然資本や社会関係資本などを含む非財務情報を統合することにより企業の価値を再定義する必要があるという認識に基づき、WBCSDが推進しています。このプロジェクトでは、自然資本プロトコルに続き、社会資本プロトコルの開発に取り組んでいます。

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