CDSBフレームワークの公表

気候変動開示基準委員会(CDSB: Climate Disclosure Standards Board)は、2015年6月に「CDSBフレームワーク」を発表しました。

気候変動開示基準委員会(CDSB: Climate Disclosure Standards Board)は、2015年6月に「CDSBフレームワーク」を発表しました。

CDSBは、2010年に「気候変動報告フレームワーク(CCRF: Climate Change Reporting Framework)」を発表しています。CCRFは、企業が制度開示書類において気候変動関連情報の開示を行うための枠組みとして提示されましたが、今回のCDSBフレームワークは、気候変動だけでなく、水資源や森林リスクコモディティ、その他の自然資本への影響や依存度に関する、より広範な情報を制度開示書類の中で報告するための枠組みとして位置づけられています。CDSBフレームワークはCCRFを置き換えるものではなく、CCRFは気候変動関連情報をより詳細に報告するための枠組みとして存続します。

CDSBフレームワークは、2014年10月に公開された草案へのパブリックコメントを反映し、最終化に至りました。公開草案では8つの指導原則、13の要求事項が提案されていましたが、最終のフレームワークでは7つの指導原則、12の要求事項に整理されています。

7つの指導原則

7つの原則は、制度開示書類で開示される環境情報が投資家に有用であり、正確で網羅的であり、保証業務を容易にすることを意図しています。原則は、開示する環境情報を決定し、作成し、表示する上で適用されるべき指針と位置付けられています。以下に7原則の概略を示します。

原則1:関連性が高くマテリアルな環境情報が開示されるべきである

この原則は、組織がCDSBフレームワークの報告要件や投資家等の情報ニーズを考慮しながら、組織に関連性の高い環境情報を特定した上で、特にマテリアルな情報を制度開示書類の中で開示することを促すものです。

マテリアルな環境情報を特定するにあたっては、報告組織に固有の要素が考慮に入れられますが、あらゆる企業が潜在的にさらされている気候変動リスクはマテリアルな環境情報とみなされます。

CDSBフレームワークの中では、関連性の高い(relevant)情報とマテリアルな情報を明確に区別しています。以下のような条件を満たす場合、関連性の高い環境情報であるといえます。

  • 制度開示書類の情報利用者の意思決定に影響を与える
  • 経営者が経営を行うにあたって、環境影響や環境パフォーマンスが組織の戦略に対してどのように影響を及ぼすか(及ぼしうるか)を評価する上で重要な情報を反映している
  • 制度開示の要件や環境情報開示の要件を満たしている
  • 組織のビジネスの実態を反映している
  • 組織の自然資本へ依存度や実際の(あるいは潜在的な)環境影響、関連するパフォーマンスや方針が、財務状況にどのように結びつくかということについて理解を促す
  • ステークホルダーの視点を考慮している
  • CDSBフレームワークの具体的な報告要件を考慮している

マテリアルな環境情報は、関連性の高い環境情報の中でも特に重要性の高い環境情報であり、以下のような条件を満たす場合、マテリアルな環境情報であるといえます。

  • 環境影響や環境パフォーマンスが、その規模や特性から、組織の財務状況や業績、戦略遂行能力に対して明らかに正または負の影響を及ぼすと考えられる
  • 情報の脱漏、誤表示、誤った解釈が、情報利用者の報告組織に対する意思決定に影響を与える

原則1は、上述の考え方に従って関連性の高い情報が特定され、マテリアルな情報が特定された上で、後述の要求事項REQ-11に示される適合性の宣言を行うことによって満たされます。

原則2:環境情報を忠実に開示すべきである

この原則は、開示される情報の有用性を確保する上で、網羅的で、中立的で、誤りがないものであることを求めています。

組織の主張の内容を理解するために必要な情報はすべて開示すべきであり、省略することで情報利用者を偽ったり誤解を招いたりする可能性がある場合は網羅的であるといえません。

情報利用者の意思決定を特定の方向へ誘導するような偏った情報開示は中立的であるといえず、所定の結果を得ることを目的にした選択的な情報開示も中立的であるとはいえません。

環境情報は一般的に財務情報と比較して不確実性の高い条件下で開示されるため、推計や経営者の判断に基づく場合もありえます。そのため、忠実な情報開示は、完全に誤りのない情報の開示を意味するものではなく、提示されている情報の根拠や省略、仮説や不確実性、推計の程度などを明示し、利用できる最良の情報を反映した中立的なデータに基づく予測を用いた開示を意味します。

原則3:他の情報と関連付けて環境情報が開示されるべきである

以下のような場合、環境情報は他の情報と関連付けて開示されているといえます。

  • 組織の戦略、目標、目的などに関する社内での意思決定に利用されている情報が、投資家に対して公開されている情報と関連付けられている
  • 財務報告、マネジメント・コメンタリー、ガバナンス報告等に示される財務情報の文脈を示し補完するように環境情報が開示されている
  • 組織の戦略と環境パフォーマンスの関連性を説明している
  • 環境課題を管理することにより、どのように収益拡大、コスト削減、キャッシュフロー改善、ブランド価値向上、リスク管理強化が促されるかというストーリーや、企業の環境戦略と財務パフォーマンスや環境パフォーマンスとの関連性について説明している

制度開示書類においては、組織の戦略と環境パフォーマンスの関連性が説明されるような形で情報開示がなされる必要があります。

原則4:一貫性があり、比較可能な環境情報が開示されるべきである

類似の組織、報告期間、業種間での比較を可能とする情報は、投資家にとって有用性が高い情報です。

比較可能性とは、情報利用者が複数の組織あるいは同一組織の複数の報告期間の間での類似性や異質性を特定することのできる情報の質を指します。一貫性とは、同一組織の複数の報告期間、あるいは複数の組織の同一報告期間において、同一の方針や方法が用いられることを指します。比較可能性を確保するためには一貫性が重要です。

原則適用の初期の段階では、組織間・業種間での比較可能性は限定的にならざるを得ませんが、同一の組織においては、報告アプローチやパフォーマンス指標、KPIは複数の報告期間を通じて一貫していることが望まれます。

原則5:明瞭で理解可能な環境情報が開示されるべきである

読みやすく検索しやすい環境情報の開示のためには、以下のような要素が必要です。

  • 明確で簡潔な記述、平易な言葉遣い、一貫性のある用語、専門用語や決まり文句の排除、必要に応じた用語説明の提供
  • 明確で正確な表示
  • 適切な標識やラベルを用いた平易な構成
  • イラスト、図表の利用

制度開示書類においては、関連性が高くマテリアルな環境情報はたとえ複雑で理解が容易でない場合でも省略されるべきではありません。専門用語の理解可能性のために必要な場合には、解説を加えるなどの対応が必要です。

原則6:検証可能な環境情報が開示されるべきである

検証可能性とは、専門知識を持った独立した第三者が、開示情報に重要な誤りがないことについて合意に達することが可能であるということです。検証可能な情報は、原始データから開示情報に至るまでの追跡可能なエビデンスを伴っているものです。

原則7:開示情報は将来志向であるべきである

有用な情報は、過去、現在、未来を見渡すものであり、組織の将来のパフォーマンス、ポジション、発展性に影響を及ぼす可能性の高い環境パフォーマンスの推移や環境情報に関連する要素を伝えることが求められます。

組織のビジネスモデルに対して、自然資本の継続的な利用可能性、品質、コストがどのように貢献するかを明確に示すことも、戦略的焦点や将来的な方向性の開示に含まれます。

報告要件

報告要件に関しては以下のような指針が示されています。これらの報告要件は、環境情報の標準的開示が制度開示書類における他の情報を補足するものとなるように設計されています。

REQ-01 経営者の環境に関する方針、戦略、目標 経営者の環境に関する方針、戦略、目標およびパフォーマンスを評価するための指標、計画、スケジュールが開示されなければならない。
REQ-02 リスクと機会 既存のあるいは予想される環境リスクや機会のうち、組織に影響を及ぼすマテリアルなものは開示されなければならない。
REQ-03 ガバナンス 環境に関する方針、戦略、情報に対するガバナンスについての説明が開示されなければならない。
REQ-04 環境影響の要因 環境影響の重要な要因が反映されるよう、定量的・定性的な実績情報が、その情報を作成した方法とともに、開示されなければならない。
REQ-05 パフォーマンスと比較分析 REQ-4に対応して開示された情報の分析(パフォーマンス目標との比較や前報告期間のパフォーマンスとの比較による分析)を含めなければならない。
REQ-06 見通し 環境影響やリスクと機会が組織の将来的なパフォーマンスやポジションに及ぼす影響についての経営者の結論を総括しなければならない。
REQ-07 組織バウンダリ 環境情報は制度開示書類が作成されている組織の範囲で作成されるべきであり、報告された情報がバウンダリ外の組織や活動に関する情報を含む場合は、区別して報告しなければならない。
REQ-08 報告方針 環境情報の作成条件を引用しなければならない。また、初年度以外は、過去の報告期間から一貫してそれらを用いていることを表明しなければならない。
REQ-09 報告期間
毎年1回の報告としなければならない。
REQ-10 修正再表示 過年度報告の修正がある場合は、それについて説明しなければならない。
REQ-11 適合性 CDSBフレームワークへの適合性を表明しなければならない。
REQ-12 保証 CDSBフレームワークに準拠して報告されている環境情報について第三者保証を受けた場合、第三者保証の対象となっている環境情報を特定しなければならない。

CDSBフレームワークの利用

CDSBフレームワークの公開草案においては、制度開示書類における気候変動リスクやGHG排出量、森林リスクコモディティ、水資源に関する開示にフォーカスした原則や要求事項が示されていましたが、パブリックコメントを通じた検討を経て、最終フレームワークはより幅広い「自然資本」の概念を全面に押し出すものとなりました。

非財務情報開示を義務付けるEU指令が2014年12月に発効したことにより、今後、EU加盟各国における国内法化を経て、一定規模以上の公益性の高い企業(主に上場企業および金融機関)は、環境問題、社会や従業員に関する課題、人権尊重、腐敗防止や贈賄、取締役会の多様性に関する企業の方針、リスク、実績について情報開示を行うことが義務付けられるようになります。CDSBフレームワークは、EUのように、制度開示書類の中で非財務情報の開示を義務付ける国・地域で最初に用いられるようになると考えられますが、CDSBフレームワークの中で示される原則や報告要件は、サステナビリティレポートでの環境情報の開示にも適用可能なものであり、日本企業にとっても参考になるものであるといえます。

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