海外IFRS適用企業の業績報告の分析 第2回 業績指標を理解するために必要な情報開示のばらつき

第2回は、業績指標を理解するために必要な情報開示のばらつきの観点から解説します。

第2回は、業績指標を理解するために必要な情報開示のばらつきの観点から解説します。

この記事は、「週刊経営財務 No.3470(2020.8.24号)」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

海外IFRS適用企業の業績報告の分析
現行のIFRS基準に基づく業績報告の企業間比較可能性の課題を明らかにするため、以下の3つの観点から、海外IFRS適用企業25社※2の業績報告の分析を行った。

  1. 財務諸表における業績指標の使用のばらつき
  2. 業績指標を理解するために必要な情報開示のばらつき
  3. 持分法による投資損益の表示のばらつき

上記の点について、(1)本公開草案で指摘された課題、(2)当該課題に関する海外IFRS適用企業の開示分析、(3)課題に対する本公開草案の提案と実務への影響を以下で述べることとする。

※2調査の対象とした海外IFRS適用企業は、IFRS基準を適用する日本企業が多く属する業種から選んだ。2020年2月時点でIFRS基準を適用する日本企業を業種別(経済情報プラットフォームSPEEDAの業種分類による)に分類したところ、上位5業種は以下の通りであった。

  • インターネットメディア
  • バイオ・医薬品製造
  • 化学
  • 自動車部品製造
  • 総合卸

上記の5業種に属する海外IFRS適用企業のうち、2020年2月時点の時価総額上位5社(合計25社)を調査対象企業とした。
調査対象とした文書は、企業の年次報告書に含まれる財務諸表(本表及び注記情報)、年次報告書に含まれる経営者による財務・経営成績の分析(Management Discussion & Analysis:MD&A)等の財務諸表以外の情報、業績に関するプレスリリース・プレゼンテーション資料(いずれも2020年2月時点で最新の事業年度末のもの)である。業績指標が財務諸表内(本表及び注記情報)では使用されず、MD&Aやプレゼンテーション資料のみで使用されている場合は「財務諸表外のみで使用」と記載している。

(1)情報開示のばらつきに関する本公開草案の指摘

上述の通り、現行のIFRS基準に基づく純損益計算書においては、企業固有の業績指標が段階利益として用いられることがある。このため、財務諸表利用者は、企業間の業績を比較する際に業績指標の定義や計算方法が企業間でどのように異なっているのか注意深く確認する場合がある。業績指標を理解するために必要な情報である、業績指標の定義、意図した目的、計算方法等が開示されていない場合があることが現行実務の課題として認識されている(下線強調は筆者)。

本公開草案 結論の根拠

BC6  
  …(略)…
  (c) 利用者は、経営者の定義した業績指標(代替的な業績指標又は非GAAP指標と呼ばれることがある)が業績を分析する際及び将来の業績に関する予測を行う際に有用であると感じている。しかし企業は、 これらの指標について定義することや意図した目的を説明することをせずに提供 しており、結果としてこれらの指標の有用性を低下させている場合がある。
BC11 財務諸表利用者は、経営者が定義した業績指標は有用な情報を提供する可能性があると述べてきた。しかし、利用者は、 経営者が定義した業績指標に関する情報(計算方法及び計算の理由を含む)を見つけて理解することが困難 な場合があるという懸念を示した。…(略)…

日本基準に基づく財務諸表においては、このような企業固有の業績指標は用いられないため、財務諸表利用者が業績指標を理解するために必要な情報を開示する必要性はない。以下、財務諸表利用者が業績指標を理解するために、どのような情報を必要としているのか、現行実務においてそれらの情報は提供されているのかを見ることとしたい。

(2)情報開示のばらつきに関する開示分析

本公開草案において、財務諸表利用者の意見を踏まえ、財務諸表利用者が業績指標を理解できるようにするために以下の開示を求めることが提案されている。

  • 業績指標がどのように計算されるのか、企業の業績に関する有用な情報をどのように伝えるのか
  • (IFRS基準に基づく財務諸表数値との関係を明らかにする)調整表

[1]業績指標がどのように計算されるのか、企業の業績に関する有用な情報をどのように伝えるのか
この点について、調査の対象とした海外IFRS適用企業が財務諸表内・外でどのような開示を行っているか調査した結果、開示の有無や、その内容にかなりのばらつきが見られた。企業がなぜその業績指標を用いているのかに関して、通例でない収益・費用を控除して期間比較可能な業績を示すためであるといった理由を記載している企業もあったが、理由を記載していない企業もあった。特定の業種で記載が充実している、といった傾向も見られなかった。具体的な好事例については後述する。

[2]調整表
経営者業績指標(MPM)の定義を満たす業績指標であっても、財務諸表内にも財務諸表外にも計算過程が開示されていないケースが見られた。

図表4 調査対象企業の調整表の開示

全てのMPMに対して調整表あり 16社
一部のMPMに対してのみ調整表あり 8社
調整表が全くない 1社
合計 25社


(注)調整表の形式での開示がなくとも、財務諸表本表と注記情報を組み合わせることで業績指標と当期純利益の調整計算が可能な場合は「調整表あり」にカウントしている。

調整表は、財務諸表内に記載されているケースもあれば、財務諸表外(MD&A、プレスリリース・プレゼンテーション資料)のみで記載されているケースもあった。

(3)情報開示のばらつきに対する本公開草案の提案と実務への影響

本公開草案において、経営者業績指標(MPM)がどのように計算され、また、業績に関する有用な情報をどのように伝えるのか開示することが提案されている。更に、最も直接的に比較可能な財務諸表における小計又は合計との調整表を開示することが提案されている(下線強調は筆者)。

本公開草案

106 …(略)…それぞれの経営者業績指標について、企業は注記において下記を開示しなければならない。
(a)その経営者業績指標が業績についての経営者の見方を伝える理由の記述(下記の説明を含む)
(i)その経営者業績指標がどのように計算されるのか
(ii)その指標が企業の業績に関する有用な情報をどのように伝えるのか
(b)その経営者業績指標と第104項に含まれている 最も直接的に比較可能な小計又は合計との調整表
(c)第106項(b)で要求している調整表において開示する各項目について、税効果及び非支配持分への影響
(d)企業が第106項(c)で要求している税効果をどのように算定したのか

それでは、具体的に何を開示すればこの提案に従った開示となるのであろうか。「調整表」はイメージすることができるが、「その経営者業績指標がどのように計算されるのか」、「その指標が企業の業績に関する有用な情報をどのように伝えるのか」に関して何を開示すればいいかは企業の担当者の方々も悩まれるのではないかと考えられる。
ここ数年、海外ではIFRS適用企業の財務諸表注記の改善に向けた様々な取り組みが行われており、参考となる記載事例を紹介する資料も公表されている。一例として、スイスKPMGの出版物 ※8 の中からNovartis(ノバルティス)社の開示を紹介したい。
Novartis社は財務諸表内では営業利益(計算方法はEBIT)を業績指標として用い、財務諸表外では、営業利益に加えてコア営業利益、コア純利益、コアEPSといった業績指標を用いていた。年次報告書の財務諸表外のパートにおいて、コア営業利益等がどのように計算されるのか、その指標が企業の業績に関する有用な情報をどのように伝えるのか(年ごとに大きく変動する項目を控除し、事業業績の期間比較可能性を高める)、Novartis社はこれらの業績指標をどのように使っているのか、これらの業績指標の限界をどのように考えているのかを以下の通り開示していた(翻訳は筆者)。

Novartis社の財務諸表外の開示(同社のアニュアルレポートより)

コア営業利益、コア純利益、コアEPSを含む、グループのコア業績指標は、ソフトウエアを除く無形資産の償却費及び減損損失、一部の取得関連費用を控除して計算されている。また、以下の項目が25百万米ドルを上回る場合も控除対象となる:
統合・除却関連損益、リストラ関連費用、訴訟関連費用、有形固定資産除却損、その他マネジメントが例外的かつ年額25百万米ドルを上回ると考えた項目
コア業績指標は、年ごとに大きく変動する項目を控除し、事業業績の期間比較可能性を高める。このため、コア業績指標の開示は投資家の業績に対する理解に資するとNovartis社は考えている。
(筆者注:Novartis社内における)コア業績指標の利用例は以下の通りである。
  • IFRS基準に基づく月次財務報告に加え、コア業績指標の月次分析も経営者に報告されている。
  • 年次予算はIFRS基準及びこれらのコア業績指標に基づき作成されている。
コア業績指標の限界は、当該期間に生じた企業結合、購入無形資産の償却や減損、リストラクチャリングのような事象の影響を反映しないグループ活動に対する見方を示す点にある。

調整表において、同社は、営業利益と上記のコア営業利益・コア純利益の調整過程を明らかにしていた。各調整項目別の影響額を2期比較かつセグメント別に開示し、また、調整項目全体に対する税効果額も開示していた。

このような開示は、財務諸表利用者にとってどのような開示が有用か検討する際に参考となると考えられる。

※8KPMG AG(2018 P.9参照)

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士・米国公認会計士・CFA協会認定証券アナリスト
倉持 亘一郎(くらもち こういちろう)

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